ちょうつがいが壊れただけでは済まない様子のドア。拾って触ってみた感触がすでに怪しい。合板だから暖炉かかまどの炊きつけか何かにでも使えそうではあるのだが…。
「…捨てるっきゃねーか、こりゃ」
真ん中辺りに楕円状のへこみがいくつもいくつもできてしまっている。そのせいでもうぼこぼこのべろべろに弱ってしまっている。ここまで持っていたのは一種の奇跡と言えるだろう。炊きつけにしたって立派な火は期待できそうもない。…足の大きさからすると合うのは一人しかいない。いや、この事務所には二人しかいないのだからエーセストでないとすれば
「何でござろうか？」
「いや、何でもない」
大きくため息をつくエーセストだった。
…これで何枚目だ？ ドア…？
「で…なんだって？ 金引き換えに行ったんじゃなかったのかよ？ こないだのファンブルドアの件で」
とりあえずドアは板のままたてかけておくとする。修理代は、まあ、いつものことだ。
ファンブルドアとはここから歩けば半日ほどだろうか。山の方にあるのどかな町の名である。ベンザウリは魔法都市の名を持つほどだから都市の体裁もきちんと整えてあって、人も多くてごみごみした都市になっているが、ファンブルドアは違う。戸数もベンザウリの百分の一もなく、建物そのものも少ない。周囲を山々に囲まれて自然も多く残っているため『癒しの町』なんぞというフレーズで観光地化されている…わけでもない。なぜか旅行業者がその食指を動かさないので観光客にもほとんど知られておらず、また、町の方も農業で十分に食っていけるので特に宣伝したいとも思っていないためよそで知っている人も少ない、という町なのである。都会の喧騒を逃れたい人たちにとっては正に隠れたオアシスと言えるだろう。
そのひなびた町の町長からの依頼だったのだが。正確には町長に依頼した墓守の婆さんからの依頼だったのだが。…幽霊が出るとかそういう話ではない。この時期には珍しいヤブ蚊が激しいのでその退治をお願いしたい、ということで出向いた仕事だった。仕事そのものはそれほど難しいものではなかった。水がなければ蚊は繁殖できなくなり、やがてその数を減らす。小さな水場を丁寧に潰し、大きなところは凍らせてしまう。そういうところで魔法を使うのが魔法選任官たるゆえんである。エーセストは冷気系の魔法を得意としているのだから。
そのファンブルドアからの配達物が届いている、と区内掲示板に広報があったので、フォロス老人が担当区の配達局に受け取りに行っていたらしい。
「それでございます！ バウア殿！」
まためんどくさそうに椅子へと戻ったエーセストに噛み付くような勢いで迫る。どすん、と鈍い音と一緒に両手をつくものだから、安っぽい事務机がみしり、といやな音を立てる。
「…まさか、まだ来てなかったとかそういうオチ、じゃねーよな？」
「それはありませぬ。ほれ、この通り成功報酬と着手金、共に満額首を揃えたごとくに入っておりまする」
封の開いた封筒一つと小さな皮袋が一つ。封筒には送り主としてファンブルドア町長の名前と印まで押してある。一応公費扱いということになるのだろうか。開けてみると活動報告書に添付できる支出証明書もきちんと同封されてある。すでに開封してあるのは配達局で換金してきたからだろう。別に現金をそのまま送っても構わないのだが（その代わり何かあっても配達局は一切責任を取らない）通常は換金票を送ってくるのが普通である。これはどこでもいいから配達局へ持っていけば示された金額と換金してくれるものだが、公的な身分証明書がなければ換金してくれない。そのため一部の人たちには非常に評判が悪いのだが、特に手数料などもかからないので普通に暮らしている人たちにとっては非常に便利なシステムではある。
皮袋の中身は…これで二人一ヶ月は難しいだろう、という程度。要するに小遣いよりもマシなくらいではある。
…仕方ねーかなー…。
小さな仕事だったのだし。しかし、こういう仕事を積み重ねて行かないと大きな仕事には辿りつけないものなのではある。
「…もう一通、来てなかったか？ 換金票…いや、あいつのことだから現金か…とにかく、いくらか入ったやつだ」
「依頼のお金にございますか？」
「ああ、そんなもんだ」
「いえ。お金に関係していたのはそれ一通にございます」
「…ふうん…？」
そうなると今後の仕事の依頼で確実に収入がありそうなのは例のマハルアウスの件のみ、ということになる。月初めからこっち、同様の細かい仕事をこなしてきてはいるが…生活していく金としては少し、足りない。いざという時のための貯えだってある程度は残しておきたいし、月々かかる事務所の維持費だってバカにならないのである。
「技研の方はまだ無理なのか…あのやろ、何が経費は送っとくから、だ」
