「配達局に戻って確認してみるべきではございませんかな？」
「…いや。配達局はあくまでも配達だけを扱う局だ」
ちらりと考える。
「個々の配達物のことまでは関知してねーだろうよ。それにそもそもこういうことには首を突っ込みたがらねーだろうな」
「と、しますると…」
「セルシアスまで行くしかねーのな」
行って何か分かるのか、と言われればそれまでではある。それでもマルガレーテのこともあるし、何か分かるかも知れない。
「返信かましてみたって無駄に時間食うだけになりそうだしな。…ったく、めんどくせえなあ」
日程の調整は、まあ、どうにかなる。手持ちが少々さびしいので十二分に満ち足りた道行き…とはならないだろうが、その辺はあまり気にしなければいい。遊びに行くのではないのだ。
「さすれば善は急げとか申しますぞ、バウア殿。これから休まずぶっ通しで歩き続ければ明後日の夜半過ぎかその翌日の明け方にはセルシアスの奥に着くことはできましょう」
「…で、むちゃくちゃに疲れきった上にどこにも泊まるアテもないままその辺で寝る、か？ ベンザウリでもそうだけどよ、道端で寝てたりしたらどうなるか分かったもんじゃねーぞ」
「何をおっしゃいます！ このような大事の折にかような悠長なことを申されていては…！」
「金もないんだ。セルシアスは物価も高いんだ、あんまり余計な出費もしたくはないんだ、がな…」
と、さっきフォロス老人が蹴破ったドアに視線を走らせる。が、もちろんのことそんなことを気にするほど感情の行き届いた人物ではない。意味ありげな視線にも気づくどころか注意すら払っていない。
「ま。そうじゃねーかとは思ったんだけどよ」
「何でござりましょうか？」
「何でもねーよ…。ま、とにかくだ。出発は明日の朝にする。途中ペンネの大木の簡易宿泊所で一泊。次の晩はジャヌアで一泊しよう。あそこら辺なら安宿も多いしな」
ふんふんとうなずくフォロス老人。が、どこまで理解しているかは当人にしか分からない。
元々はセルシアス近隣の小さな村だったと聞いているジャヌア。しかしそのセルシアスが中央都市となり、様々な機能が充実してくる。それに伴って人も集まってくる。そうなると都市というのは少しずつでも大きくなっていくものである。とても大きなカバンを手に入れたとする。旅行か何かでそのカバンに荷物を詰め込んでいくとして…手近に適当な荷物があったらどうするだろうか。特に当てはなくても詰め込んでみたくなるものではある。
セルシアス、というカバンは少しずつ中身を増やしていく。近隣の小さな村や町はそのカバンに納められるように自然と併合され、消えていった。ジャヌアもそういう由来でセルシアスの一部になったのである。そのため正式には『セルシアス管内ジャヌア地区』となっている。
そんなジャヌアだが…そもそもが寒村でしかも街道からはわずかに外れているせいかあんまりいいイメージがない。暗い町、だの、あんまり行きたくはない町、だの。凶悪でその名を轟かせる盗賊団が常に根城にしていて全てを牛耳っているとかそういう噂まである。鳥が上空を飛んだら即座に羽をむしられて焼き鳥が落ちてきた、というヨタ話を信じている人も多いと言う。
しかし。実際は安宿も多く金のない旅人にとっては頼もしい場所でもあるのだ。ただし、ボッたくる宿や怪しい店もたくさんあるから油断はできない。最初は誰かに内情に詳しい友人を紹介してもらって一緒に行った方が無難だろう。
なお、高級な宿に泊まれる金持ちはこんなところに泊まりはしない。ジャヌアとは表裏をなしている、と言われるサンザールでいいホテルに泊まるのだ。ベンザウリからならジャヌアより先に着くことになるサンザール地区。ここは街道にも沿っていて十二分に発展している立派な地区の一つである。
「早朝にはジャヌアを出よう。少し急げば…夜までには反対側のパトマスには着けるだろう」
周辺無数の村や町を取り込んでいるセルシアスは、うろうろと無目的に歩き回れば七日くらい…いや下手したら十日もかかってしまうような大都市になってしまっている。ジャヌアやサンザールからだと技研のあるパトマス地区は『中央都市』のゆえんたる中央区をはさんで反対側にあるのである。それなりの時間を覚悟しないといけない。
「そしたら技研で仮眠でもとらせてもらおうぜ」
「なるほど。承知つかまつりました！」
フォロス老人の数少ないいいところの一つはこういう貧乏くさい仕事でも文句一つ言わないところである。…気づいていない、という声もありそうだがその辺はまあ、置いておこう。
「よし。じゃあ、朝まで休んでてくれ」
「バウア殿は？」
「ヤボ用だ。すぐに戻るよ、気にするな」
外出用の黒の安っぽいマントをはおる。これは魔法選任官の制服のようなものだ。
「左様でございまするか」
あんまり気にする様子もなく、フォロス老人は事務所の奥の自分の寝場所へと引っ込んでしまった。
