エーセストが向かったのは『青柳亭』という酒場である。
酒だけではなく簡単なメシも出してくれるし、何より安い。こういった家族を持たず、金もない連中にはもってこいの酒場である。…ただし、そういう安酒場だから味に期待してはいけない。さらに照明は薄暗いわ、床もお世辞にもキレイとは言えない。本当に安く酒だけ呑めればいい、という人間以外にはお勧めしたくない場所ではある。
そんなわけだから表通りのおしゃれな店ではない。裏通りの小汚い路地よりは少しマシ、という微妙に開けた場所にあったりする。実はチェーン展開していて本店はセルシアスのどこかにあるらしい。ベンザウリにも二店あるらしいのだが、もう一つの方は幸か不幸かエーセストも行ったことがない。
「うぃっす」
「いらっしゃいませ〜。何名様ですか？ はい、一名様ご案内〜」
ちょっと油の切れたドアを開けると、やはりどこか錆びた音のするベルが鳴る。するとまだ少女のような外見の店員がお決まりのセリフと共に案内しようとしてくれる。やはり中はちょっと薄暗い。照明を落としてある…というわけではなく単純に照明の数が少ないのである。理由は言うまでもなく経費節減のためであって、雰囲気重視のためではない。
「いや…人を探しているんだ。この時間はここで呑んでるはずだが」
「お名前は？」
「ビージェイっていう男だ。エーセストが来た、と言ったら分かると思うんだが…」
「…なんだお前か」
店員の甲高い声を聞きつけたのかあるいはたまたま姿を見かけたのか。小柄ながらもがっちりとした男がやはりカウンターで背を丸めたまま、小さく手を振っている。
「ふう」
となりに腰掛けるエーセスト。まだ混んではいない時間帯。カウンターの客もまばらではある。
「どうした。お前がこんな時間に来るなんてのは珍しいんでないかい？」
「そう言うな。こういう時もある」
とりあえずコルム酒を頼む。コルムとはサボテンの一種のようなもの。肉厚で非常に頑健な植物である。頼んでもいないのに勝手に生えてくるので場所によっては駆除対象にもなっているやっかいものでもある。これの大きな葉を醸造してできるのがコルム酒。材料が安価なので値段も安い。さらに醸造には専門の魔法選任官がつくのが常なのでさらにコストを削減できる。やはり金のない連中にとっては慈雨のような酒ではある。
「なんだ。何かあったのか」
「…一杯おごってやろうか」
「やだよ。お前におごられると変なことに巻き込まれると相場が決まってるんだ。どうせ妙な依頼でも来たんだろ？」
「マルガレーテから依頼が来た」
「…やっぱり巻き込む気かよ」
さっさと手を上げるビージェイ。さっきの少女のような店員が気がついて、さっと駆けて来て営業用の笑みを浮かべる。
「はーい。ご注文、お決まりですかあ？」
「バサルカ酒をビンで」
「いや、コルムでいい」
「むしろバサルカを樽で」
「コルムの小瓶一つ」
「あんたはどっちがいいと思う？」
「おいおい酒なんか呑まないような顔してるぞコルムでいいんだ」
「そういう人にこそ決めて欲しいなバサルカプリーズ」
「いやいや…」
「いいかげんにしてくださいっ！」
と、さすがに怒鳴られてしまった。なお、バサルカ酒とは収穫量の少ないバサルカという木の実から造られる蒸留酒で、ここでは一番高い酒でもある。
では二人が呑み始めて何やらどうでもいい世間話を始めてしまったので…ここらで少し魔法選任官になるための学校・訓練校について述べておこう。
