祝祭の日 section1 page10

「ふむ」
　すうっと眉が曇る。深く考え込む時の彼のくせでもある。二回ほど読み直して手紙を返す。
「わけが分からん。何か知らんか？」
「オレだってわけ分かんね。なんだよ、変わるってな？」
「…じゃあ何か噂でもいい。セルシアスのことだ」
「中央都市、か。…そろそろ祝祭じゃないかって話だがな」
「祝祭、か…」

　祝祭とは読んで字の如く祝う祭のことである。大体年に一回行われる。大体、というのは行なわれなかった年もあるからだ。
　いついつにやる、というようには決まっていない。この辺の日時かな…という見当くらいはつくので「そろそろ祝祭ですかね」というのは時候の挨拶のようなものになっている。正式な日取りはセルシアスの王族付きの魔法学者や選任官が額を寄せ集めて決めるらしい。なお、今年の日取りはまだこっちには伝わってきていない。

　では何を祝うのか…と言えばそれはセルシアスの生誕を祝うのである。つまりは建国記念日。いや、建都市記念日。

　国、という概念の薄いここら辺りの地域では町など都市への執着心が強い。場合によっては一生自分の都市から出ない輩だっているのだし、自分の故郷である町や村を大事に思うのは皆が普通に感じるところでもある。そりゃ、他の都市だって行けないわけではないのだが行く用事がなければそうそう行くものではない。
　もちろん、旅を生業としている連中は別である。彼らの中には馬車で生まれた者も少なくない。そうなったら愛着のある町なんかそうあるわけでもないのだが。

「セルシアス生誕祭か…」
「七日くらいぶっ通しで騒ぐんだろ？　オレは行ったことないが」
「俺はある。でもなー…」
「なんだよ、エーセスト。楽しいんだろ？　祭りなんだし。セルシアス、行くんか？」
「ああ」
「そっかー…ま、気をつけてな。何だったら風系のお守りでもこしらえてやろうか？　オレがこういうの得意なの知ってるだろ？」
　と、何回か指を複雑に組み合わせて目を閉じる。…このように魔法を使う際に何らかの予備動作が必要な選任官も結構な数いたりする。逆にエーセストのように特に何もしなくても魔法が使える選任官もいたりする。その辺は個人差の問題になる。そういった準備動作が必要な方がより強力な魔法が使える…とかそんなことでもない。純粋に個人の用法の差なのである。

　しかしエーセストは笑って手を振る。
「いいよ、そこまでしてもらわんでも」
　むむ、と目を開けるビージェイ。
「そっか…」
「ただ、中央区からパトマスへの効率のいい抜け道知ってたら教えてくれ。最近あっちは行ってないからどんな風になってるか分からんのでな」
「そりゃお安い御用というやつだ。ちょっと待ってな」
　懐から紙切れを取り出して…ちょっと考えてからさっさと道を書いていく。こういうのも得意なことをエーセストは知っている。何せ訓練校時代もヒマさえあれば地図見てにやにやしてたような奴だったのだ。今でも時間作っては歩いてあちこちへ旅行に行っているらしい。
「できたぜ。ほら。これなら大分時間が短縮できるぜ」

　紙切れに書かれたにしては十分すぎる出来である。目印になる建物や道も申し分ない。実家の酒屋や選任官やるよりも案内業か何かやった方が儲かるのではないだろうか？
「ジャヌアで泊まって朝出たらどれくらいで中央区を抜けられる？」
「そうだな。昼過ぎくらいにはパトマスに着くんじゃないか？」
　大分早く着けそうである。これだったら技研で仮眠を…とかそういうことをしなくてもよさそうである。本格的に技研の宿泊施設でも使わせてもらえれば、宿代も浮くというものだ。
「フォロスのじいさんだろ？　一緒に行くのは？」
「ああ」
「それならそんなもんだろ。あのじいさん、足速いし」
「すまんな」
「気にするな。まあ、気をつけて行ってこいよ。それと、嬢ちゃんによろしくな」
　実はマルガレーテとも面識のある彼なのだった。