火炎系が得意ならこういう季節には重宝される場合もある。一般的には冷気系が得意な選任官は寒い方が好き、というイメージがあるのだが…そこはそれ火炎系は大得意だが暑いのは苦手、という選任官も存在する。そういう人物が自分の仕事に疑問をもっているのかどうかは、ちょっと分からない。
泉で休む連中を当て込んで小さな屋台もいくつか出ている。それほど大した物を売っているわけではないが、朝食をとってこなかった連中はその魅力には逆らいがたいものがある。エーセストとフォロス老人もひき肉を甘辛いタレに漬け込み、じっくり炒めてパンにはさんだ軽食を買って、食べることにしたようだ。恐らくベンザウリ内で肉を炒めて、早朝の一番でここまで運んできたのだろう。ここで客を待ちながらパンにひき肉をはさんでから並べておくのだ。屋台や椅子などの施設類は最初からここに置いておくのである。その方が場所取りにもなるし、いちいち引っ張ってくる手間もない。それにこんな専門的なものを盗む奴もそうはいないだろう。念のため売り上げは毎日持って帰るらしいし、カギもかけるものらしいし。
「うむ。美味いですな」
肉にはぎっちりとタレの旨みがしみこんでいる。それがパンにも浸み込んでこたえようのない味になっている。
馬や急ぎの連中は別として、歩きなら皆が大体同じくらいの速度で移動することになるから、こういう休憩所では自然と世間話が始まるものでもある。エーセストはめんどくさそうに受け答えするので（彼の性格でもある、仕方ない）ぽつぽつ話すことになることが多いが、意外とフォロス老人は簡単に話の輪に入って行ったりすることも多い。
「…ほう。左様にございますか」
エーセストがなんだか気持ちよくなってきて、そこらの乾いた下草の上へごろりと横になってしまうとフォロス老人は早速話の輪に加わってしまう。何人かが同じような荷物を担いで移動していた五、六人ほどのグループと、二人ほどの小さなグループ、それに十人ははるかに超える連中が入り交じって何やら話をしている。
「北の方はどうかなあ…やっぱ寒いんだろうかな？」
「そうでもないって聞いたけどね。雪が降るわけでもないし…」
「ボヌアスじゃ今年一番の寒波だってよ。おかげでミシドスの毛皮商人大もうけだそうな」
「あの辺は猟師も多いしね」
「ほう」
「知ってるか？ セルシアスじゃあ、今、ちょっとした事件が起きてるんだってよ…」
セルシアス、と聞いてフォロス老人だけではなく横になっているエーセストまでも聞き耳を立てる。こういう場で意外な情報が入ったりすることもあるから油断はできない。
「左様でございますか…いかような？」
「何でも火炎系の選任官が魔法、暴走させちまったんだと」
相手の男は、なんでもない、といった顔。噂話の一つにすぎないのかも知れない。たしかにここからだとまだまだ先にあるセルシアスの炎が、こんなところまで届くわけもないのだから実感もない。
「暴走…」
しかしフォロス老人はともかく、エーセストは少し、考え込んでしまう。
…暴走。魔法の暴走。
魔法を使えるのは魔法選任官だけではない。ただ魔法を専門に使って報酬を得ることが公的に認められているのが彼らだ、というだけのことである。極端な話、報酬さえ得なければ一般人の、そこらのおっさんやおばさんが使っても問題はない。ただ、この世界は呆れるほど才能がモノを言う。才能のない者の魔法は効果もほとんど期待できない、お飾り同然なのである。
従って魔法の素養がある、と公認された者が訓練校に進むことになるのは前に述べた通りである。そこで己の才能を磨き、やがて選任官として独立していく。その後は訓練校からの多少のサポートもあるにはあるが、自分の力で顧客を得て開拓していかなければならない。家系的に魔法を使っていて効果的な地盤がある者ならともかく、数年ほどで半数は脱落して他の職へ移るとされている。さらに何年か経つとその半分が消える…という話もある。
その一方で。素養も才能もない、とされた者が魔法を習おうとする場合はどうするのか。
簡単な魔法ならそこらの街角魔法教室で教えてもらえる。大抵は引退したり廃業した選任官が講師を務めている。魔法と言っても才能のない一般人に使えるものなど大したものではなく…ちょろっと火花を散らしてみるとか、たらいのお湯をかすかに冷ますとか…生活魔法とでも呼んだ方がいい程度ではある。訓練次第である程度伸ばすことはできるが、所詮はシロウトである。まず使い物にはならない。それでも才能ゼロのど素人をそこまででも伸ばせる教室というのはさすがになかなかないので、それなりに人気はある。…一部では事務所開くよりも魔法教室開いた方が実入りがいいんではないか、というなんだか本末転倒のようなケースもあるんだそうな。
あるいは魔法教室と言うよりもむしろ見世物小屋と化していたりする場合もある。授業料払って『先生』が魔法を使うのを見物する…まあ、たしかに魔法使ってサーカスのように本格的に見世物やってる選任官だっているのだから、そういうやり方を一方的に白眼視するわけにもいかないだろう。当然のことながら狭き門である訓練校まで行っておきながら結局それかよ…と嘆く年配の者もいる、と言うが…何、どっかの誰かさんのように収入が不安定で金もなくて馬も雇えないよりは、収入も安定するだけそういう生き方もアリなのかも知れない。
