…そうだよな、こういうやり方もあるんじゃねえか。
考えてみたら自分もこうやって一緒に行けば良かったのである、以前に受けた冷凍保存して輸送してた仕事の件。ま、あれは勘違いなほどに手を広げすぎてたから、どっちにしろ無理だったのでは…とも思うのであるが。
「なんかセルシアスの噂とか知らねえか？ 今からあっちへ行くんだが…」
聞かれて店主は、ふと、炒める手を休めて…
「そうですね…そろそろ祝祭だって話ですけど」
「…へえ…時期が確定しそうなのかい？」
「ええ、さすがに決まりそうですよ。去年はやりませんでしたからね。今年は楽しみですよ」
眠ろうとする時間としてはやや早い。ベンザウリにいたらこんな時間に寝床に入ろうとはしないだろう。夕方よりも早いけども昼とも呼べないこの時間。エーセストたちの歩く速さが中途半端なせいでもある。足の速い連中はもっと先へ行ってしまって野宿するし、遅い人たちは夜にここへ着く、というのが早朝にベンザウリを出た旅人たちの通常の日程であったりするのだ。
「空いてはいるようですな」
「ここがいっぱいになる、なんてのはまずねえだろうよ…まだ早いしな」
宿屋の業者は一つではなくいくつかが入っている。が、どれも粗末な小屋に二段になった寝台をいくつか取り付けてある、とかそんなもので見た目に変化はない。もちろんこういう宿泊所ではメシはない。水場の水は業者が運んできたものである（井戸はあるのだが、ちと遠い）。一応火系の選任官に一度沸かしてもらって殺菌している、と言うが誰もその現場を見ていないので本当にそうなのかどうかは謎である。一部では水あたりを起こしたという話も聞くが、やはり定かではない。
適当に選んだ粗末な小屋へ入ると、番台のような小さなカウンターでおやじが一人タバコふかしてたりする。安価なので小銭を数枚。
「…三番と四番だね」
と帳面に書き付ける。それで寝台を一つずつ借りることができる。もちろん預かったりもしてくれないから貴重品は身に着けて寝るのが暗黙のルールでもある。個々が管理するのが当たり前になっているのだ。それはもし貴重品がなくなっても同じ小屋に泊まった連中を疑わないためでもある。
「じゃ、俺、上行くわ…お休み」
「お休みなさいませ、バウア殿」
二段寝台の上がエーセスト、下がフォロス老人。なぜかエーセストは高いところが好きだったりする。
他の寝台からも寝息やいびきが聞こえてくる。一回、うーん…と手足を伸ばしてから、エーセストはちょっと臭い毛布にくるまって眠りに落ちて行ったのだった。
こういう場所では目が覚めるのがいつもより早いような気がする…。あ、そっか、早めに寝たからか…。
日がのぼる前に目が覚める連中は他にもいるようで、小屋の中と外はちょっと騒がしくなっていたりする。寝台の下からごそごそ音がするのに気づいて目が覚める。
「起きたか…アルマイト。おはよう」
「おはようございます、バウア殿。それがしの名はアレクサンダで…」
「さよか。あー…もうちっと寝てた方が良かったかな…」
そうは言ってもさっさと支度をしてしまう。たすきがけにしていたかばんは枕元に置いてある。元々着替えもせずに着の身着のまま寝るのがこういうところの流儀。さすがにマントは外して寝るが、これは寒い時の追加の毛布ともなる。こういう簡易宿泊所では毛布を追加すると別料金を取られることもあるので、こういう準備は非常に重要だったりするのである。
そんな格好だから、すぐに寝台から起き上がることができる。もちろん、寝ていたければまだ寝ていてもいいのだが…あんまりゆっくりしていられないエーセストではある。かばんを肩にかけ、軽く身支度すると下に降りてしまう。
フォロス老人もとうに支度を済ませている。例の大剣は抱えたまま眠るのがいつものこと。もし不審者が近寄ろうものなら一刀両断に切って捨てますぞ…と、かんらかんら笑いながらいつも言ってはいるが、そんな機会に巡りあったこともないので本当にそんなことができるのかどうか、エーセストも知らない。
やはり外はまだ日も昇っていない。しかし夜中の暗さでもない。太陽が昇るべき方角はややうっすらと夜の黒ではなく朝の青が混じりつつある。これから刻一刻とその色を暗い青から明るい青へと変えていくのだろう。今は頭上で不規則なまたたきを止めない星たちも、やがてはそのまたたきを減らしていく。そして空へと溶け込んでその姿を見えなくしてしまうのだ。
水場で顔と口を洗い、ちょっと不安は残るが水筒に水を満たす。そしてかばんとマントをちょっといじってからエーセストは街道へと足を進める。フォロス老人は腰の剣を確かめるように触ってからその後に続く。道は真っ暗ではない。もうその地面の茶色ははっきりと見えているし、背の低い潅木の姿もはっきりと見てとれる。細かい葉っぱや枝の先までは見えないが、今までのまるで小鬼が群れて踊り狂っていたような姿はもうどこにもない。やさしく吹く朝風に揺れる枝葉のささやきが静かな空気に流れ出ているだけなのである。
そして…もうすでに出発している連中も何人かいる。エーセストたちもぼんやりとしてはいられない。ゆっくりしている時間はないのである。
このペンネの大木を過ぎればじきにセルシアスとなる。…早い？ いやいや、ここからが長い道のりの始まりなのでもある。何せ端から端までまともに歩けば三日も四日もかかるほどに肥大してしまった都市なのだから、いくら管内に入ったと言ってもそれはさわりだけなのである。
