そのドルクがエーセストを連れてセルシアスに行ったのは…マルガレーテが魔法技研の教導主任になった時だった。当然ながら大変に名誉な役職である。バウアの家からもお祝いの言葉を述べに行かないといけなくなったのだが、当時すでに父のシーカーは行方不明になっていた。兄のレンブルグは…風邪か何かでダウンしていた記憶がある。
「それでな、俺とドルクが行くことになったんだ」
エーセストは訓練校に入校が決まった頃。二人ともマルガレーテとも知らない仲ではない。年齢的にはドルクよりちょっと年上になる彼女だが、子供っぽいのは相変わらずである。
「それがたまたま祝祭の時期だったのでございますか」
「ああ。ドルクは知ってたのかな…いや、どうだろうな。あんまりそういうことに詳しいとも思えんしな」
型通りの挨拶が終わって。さて帰ろうか…という時にセルシアスの技研の入り口で、ドルクとマルガレーテが何か話し込んでいた時に見つけたのだった。
「何を、でございます？」
「旗印とでも言うのかな…のぼりとでも言うのか、あれは。何か文字が書いてあってな。よく見てみたら『祝祭』と書いてあったんだ」
祝祭というのも珍しい。ベンザウリにはないものだから、ちょっと覗いてみるか…ということになった、とエーセストは記憶している。
内容は普通にお祭りと変わらない。出店がいくつも出て、イベントが行われる。日中は都市のあちこちの会場でイベントが行われ、夜は夜で出店で皆が酔い、騒ぐ。何せ年に一度、場合によっては数年に一度のお祭りなのである。
その目玉の一つがこれである。
『願い事、なんでもかなえます』
各地のイベント会場には常時『願い事』を募集している大きな箱が置いてある。そこへ願い事と自分の住所・氏名を書いて放り込んでおくと、その中のいくつかが抽選で選ばれる、という仕組みになっている。七日間行なわれる祝祭の、それぞれの日の日没時に選ばれた願い事が発表されるから計七つ。発表の時はそりゃあもう大騒ぎになるのである。
「なんでもよろしいのでございますか」
「ああ。一人でいくつ出してもいいしな。ただし、一つの紙に願い事は一つだけ。それからかなえる現場はセルシアス内限定。それさえ守ればなんでもいいんだ」
「かなえる現場とは…どういう意味で？」
「一応魔法選任官の仕事になるんだ、これは。願い事に関係する魔法を使う現場はセルシアスの中だけってことでな。ベンザウリの人間が願い事書くのは構わないが、そいつがベンザウリの自宅を大きくしてくれ、ってな願い事はかなわないってわけだ」
「なるほど…例えばそれがしが持ち金を増やしてくれ、と願ったといたしますと…ベンザウリへ戻らずにセルシアス内でならお金を増やしてもらえる、ということですな？」
「お。冴えてるじゃねーか。よそに出向いてまで魔法を使うことはないってこったな」
「で、その願い事は必ずかなうようになっているんだ。まあ、一生に一回だけって縛りはつくけどな。最初にセルシアスの祝祭が行われた頃からある行事だって話だから…数百年とかそれっくらい続いてることになる。それでもかなわなかった願いはないって話だ」
「ほお…」
「おいおい。本気にするなよ…選ぶのも選任官だろうし、実行するのも選任官だぞ？ 透視くらいできる奴いるだろうし、確率いじくるなんてのは魔法としちゃレベル高いけど不可能ってわけじゃない。あらかじめ実行できるようなの選んでるに決まってるだろ？」
「…ああ、そういうものでございますか」
「たぶんな。でないと『セルシアス全部を自分のものにしてください』なんてな願い事を引き当てたらどーするよ。ンなもん、選任官だけじゃ無理な話だろ？ 中には結構ヤバいのもあるって話だし…そんなもんだろ」
たしかに実際はそんなものだろう。面白半分で書き込んだとんでもない願いをかなえる義理まではさすがに、ない。
「さっきの店だってたまたま土地が手に入るアテがあったから、とかそんなもんだろ。腕はたしかなんだから繁盛もするだろうさ。その手助けをした、ってとこだろう」
「なるほど。…して、バウア殿はその祝祭の時、願い事をされたのでございますか？」
「ああ。ドルクと一緒にな」
「どんな願いが選ばれたのでございますか？」
「…何だったっけかな」
当時のエーセストも願いを書いて箱に放り込んだ、はずなのである。だから結果発表の時はどきどきしながら待っていたはずなのだが…。
「まあ、もう、かなり前のことになるしな。…ああ、そうだ、技研行ったら資料くらい残ってるだろ。時間あったら調べてみるか」
「左様でございますな」
街道は進めば進むほどにセルシアスの奥へ、奥へと進んで行く。…道端の石ころを、軽く、蹴ってみる。それはやや下っている道をからからと小さく転んで行き…やがて止まる。ベンザウリから門までは緩やかな傾斜が続いていた。ベンザウリは小高い丘の上に造られた都市で、セルシアスは平地の都市だからである。むしろすり鉢の真ん中にあると言ってもいい。各街道がまるで狙い撃ちでもするかのように丘や山や高地から通じている。
まずは門を含むミニア地区。そしてやや広いラゲーナ地区へと街道は続いている。しかしこの辺りはベンザウリからの街道の本当の意味での続き、と言ってもいいだろう。中央都市らしい都会っぽい印象だとかそういったものとは全く無縁の道行きが続いているからである。…都会っぽい雰囲気を味わいたいならお金持ちがたくさん宿泊する、とされているサンザール地区で感じることができるだろう。ただ、ここを抜けないとジャヌアへは入れないのである。
