それぞれの『地区』は今はきちんと連結しているが、それは昔からそうだったわけではない。かつて村として機能していた頃はどっちの村でもないすき間のような土地があった場合もある。数百年かけてじわじわ吸収されていった結果、そういう曖昧な土地にもいつの間にか所属が決まるようになる。きちんと境界線が引かれ、それぞれの地区として機能していくようになって行ったのだった。
現在名前として残っている『中央区』のみがかつてのセルシアスそのものだった、とされている。
中央区はセルシアスで狭い地区と言われている。数時間くらいだろうか、端から端まで歩いても。ただし、古くからの建物がびっしりと、すきまもなく建築され尽くしてあって道の数や種類も尋常ではない。各省庁の中心的な建物のほとんどはここへ集中している。分散化が進んでも残る省庁は依然として多く…そうなるとどこへ行ったらいいのかわけが分からなくなり、やはり業務が滞ることになる。ここはジャヌアのように区画整理が頻繁に行なわれることもないのだが…数十年ほど前にあまりに複雑だった道をちょびっとだけ整備して、省庁の建物をできるだけ集中させる工事が行なわれた。しかし外見上でも内面的にも何か変化があったか…と問われても生粋のセルシアスっ子でさえも「さあ？」と答えるだけだろう。つまりは何にも変わらなかった、とそういうことなのである。
そんな程度で精一杯なのである。中央区丸々整備する…なんてのは夢のまた夢なのだろう。やるんならセルシアス全部を一度完全にサラ地に戻す必要がある。そんなことになれば魔法選任官、特に土木や建設に従事している連中が大喜びしそうだが、まず不可能に近い。大体そんなことしてる間、住民はどうしたらいいんだ、ということになる。中央都市の中央区というだけあってその人口はそこらの町や村、もちろんベンザウリとも比べ物にならないくらい大量なのだ。
オレイアムとカルテッサはいわゆる住宅街として名が知られている。中央区へ働きに行く人の家があるのはもちろん、それらを当て込んだ商店街もある。そもそもは「オレイアムカルテッサ」という一つの町だったのが、なぜか地区になる時に分割されてしまった、という過去を持っている。
当時区長になった人物に対して一部の住民が反発、リコールまで請求され、一部が暴徒化する騒ぎにまでなったらしい。吸収するセルシアス側としても処置に困り…分割して元の区長をオレイアムに、反対派のリーダーをカルテッサの区長にすることで一応の手打ち、ということになったらしい。それ以上の詳細は現代には伝わっていないが、当時町を分割した時に築かれたとされる急ごしらえっぽい粗末な城壁はその一部がまだ現存している。
何せ三百年くらい昔のことで、資料として残っているセルシアスの市町村吸収例としては最も古い（資料として残っていないが伝承などに残っている吸収例はいくつかある。そもそも中央区のみが本来のセルシアスだ、という話だって通説によれば…とかそういうレベルである）。今はそういった騒動も何もなく、普通に住宅街やってる地区になる。
街道からまずは門のあるミニア、そしてラゲーナへ。さらにサンザールやジャヌアを経てオレイアム・カルテッサに至り…やがて中央区へ。
これがベンザウリから街道をやって来る旅人の最も自然な流れになるだろう。エーセストたちはそれからさらにとなりのパトマス区を目指すのだが、もちろん他の区を目指す連中もいればさらに中央区やパトマス地区を抜けて他の地区や都市を目指す者もいる。
「なんとなく分かるんだよな…」
「いかがなさいました？ バウア殿？」
「いや。他の都市から来た奴だよ。セルシアス在住のと他から来たやつってのは、どっか違うんだよな。匂いってか空気ってか…。ま、大したことじゃねえけどよ」
「左様でございますか」
…と、歩を進めていくフォロス老人。この辺りはすでにオレイアム地区に入っていて、石畳などはその感触からして違うような、そんな風に足裏へと響かせる。こんな場所で長剣腰に差している小柄な老人、というのも存在浮きまくりなわけだが。無論のことそんなことを気にするフォロス老人ではないのだが。
小さな子供が何人か。恐らく仲の良い友達同士なのだろう、後ろから二人を走って追い抜いて行く。甲高い歓声のような声が後ろから前へと流れ行く。
「バウア殿」
「あんだよ」
「少々お尋ねしたいことがあります」
「…だから。あんだよ」
子供達は追い抜いた二人を見て、ふとその歓声を収めてしまう。やはり格好が格好だからなのだろう。…もちろんセルシアスにだって選任官はいる。事務所持ってるのだっているし、あちこちに名が知られているのだって多い。しかしここまで明からさまに安物のマントはおってたり、あるいは一緒に歩いてるのが何かどっかヤバそうなじいさんだったり…というのは見慣れていないのだろう。つまりは一発でよそ者だ、と見られてしまったわけである。
「ん？ だから…どうした？」
なぜか立ち止まってしまったフォロス老人。子供達は…またはしゃいだ声を上げて去ってしまう。
「いえ、かようなことをお聞きするのは、ちと、礼を失するかと思いまして」
「じゃ、聞くな」
「いやー…そうではなく、ですな。大したことではないのですからに」
「…じゃあ、言えよ」
「では…ごほん。バウア殿は以前、セルシアスにお住まいおった、ということはありませぬかな？」
「…さて、な」
なんだ、そんなことか…という顔で歩き出してしまうエーセスト。
「なんで今さらそんなこと聞く」
早歩きで追いついてくるフォロス老人。
「ちと気になって、ですな。他意はありませぬ」
「ああ。ガキの頃な。ちょっとわけあってセルシアスの中央区に住んでたことがある。これで満足か？」
「…左様でございますか…分かり申した。このことはもう聞きませぬ」
「そっか」
軽く鼻の頭をかいて…なぜか笑みを浮かべる。
「それならいい。昔のことだしな」
