祝祭の日 section2 page19

　やがて道は少しずつ広くなっていく。カルテッサ区を抜ければそこは中央区になるからである。
　馬車の数も多くなってきたし、何より人の数が多い。ほとんどは早足でさっさと歩く。周りのことなどに目もくれずに歩いているようにも見える。人の数の多い都会など大抵はそんなものだろう。それほど人の数が多くないいわゆる田舎から出てきた連中がその冷酷さに絶望して都落ちするのも、また、一種の風物詩でもある。そういう場合は都会の人たちが責められることも多い。が、都会の人たちには都会の人たちなりに事情がある場合だってある。
　ここ、セルシアスの中央区もそういった『都会』と言えるだろう。ベンザウリからペンネの大木へ、そしてジャヌアからオレイアム・カルテッサへと。ここまでは普通に町や都市を抜けてきた、と言ってもいい。しかしいざ中央区へ足を踏み込んでしまうと、これまでとは違った印象に慣れてない人は驚くのではないだろうか。
　町並みもそうだが様々な『色』があるものではある。例えばここでは商店の宣伝にのぼりを使ったりもする。ここから見渡しても…かなりの数が立っているのが見える。一つ一つをいちいち見て回る必要もないが、こういった賑やかしがあるとさすがに都会なのだな、と思わせてくれるものではある。

　ある曲がり角まで来ると、エーセストは懐から何やら取り出してあちこちへと視線を配り始めた。…何か探しているようだが…すぐに目印を見つけたらしい。
「ちょっと狭いが…近道だからな。我慢しろ」
　実際、細めのエーセストでもちょっときついほどの道である。後に続くフォロス老人などは腰の剣を鞘ごと外して体を横にしないと通ることができないほどだ。
「…ここも…昔からご存知の…道でございますか…？」
「いや。ビージェイに教わったんだ。あいつ、こういう抜け道とか探すの得意だからな」
　この細い道もそんなに長く続くわけではない。ずりずり、と体を石壁に擦り付けながら進むとぽっかりと開けた場所に出る。

　ちょっとした広場。地面はむき出しだが整地はしてあるらしい。工事か何かでできた空き地か…とも思えるがあそこまで土地がなくて飽和状態の中央区にそんな無駄な土地があるんだろうか…？　とも思ってしまう。ま、こういうのは結構意外な場所に空きができたりするものなので、これっくらいの空き地ならできてもおかしくはないのかも知れない。
「で…こっちか」
　空き地には何本か道が通じている。メモをチェックしながらエーセストが指差したのは普通に舗装された道。ただし幅は馬車なんか通るのは無理なほど。一人が歩くには問題ないが、二人並んで歩くのはちょっと…というくらいである。

　その細い道を抜けると…今度は広い道に出た。…これまでと何かが違うような気がする。フォロス老人はさすがに気づいているようで、盛んに鼻を動かしていたりする。
「土の匂い…？」
「そうだ。昔は農地ばっかりだったらしいからな。今でも畑が全然ないってわけでもない。だから匂いくらいは残っているんだろうさ」
　そう。ここがパトマス地区なのである。あれだけで抜けてしまえる中央区というのは実際は狭いのではないか、と思われてしまいそうだが…細かい道が多くて直線で進みにくいだけなのだ。だから、こうやって抜け道を使えば比較的楽に通り抜けることもできる、というわけだ。
　ただし…適当に抜け道使っても迷ってしまってかえって時間がかかってしまった…なんてのがオチなので、エーセストのように地理に詳しい友人のアドバイスが必要なのは言うまでもない。

　パトマスは中央区よりもオレイアム・カルテッサに近いような雰囲気を受ける。しかしあっちが住宅地だったのに対してこちらはところどころに畑の土などもあって。それでもそこそこに大きな住宅なんかも建っていて。あんまり『都会』というイメージがなさそうな地区ではある。…こうなるとセルシアスが都会だ、と思っているのは中央区を見た人だけなんではないか…とか思ってしまいそうである。サンザールはともかくジャヌアはあまり裕福ではない人たちしかいないし、オレイアム・カルテッサは住宅街がほとんど。今いるパトマスはあちこちに農地も残るのどかな雰囲気である。
　他にもまだまだ地区はあるのだが…どこもそんなもので『都会的』というのとはちょっと違った場所ばかりではある。
　そんなパトマスにあって魔法技研は相当に目立つ建物である。前にフォロス老人が言っていたように基本は円形の大きな二階建て。そこへ二つの付属施設がくっついている。真ん前から見ればたしかに翼を広げたままの鳥のように見えないこともない。
「ふー…やっと着いたか」
　首を軽く鳴らすエーセスト。
「まずはマルガレーテに会おうか。そこで依頼金ももらえるだろうから、それからメシ食いに行こうぜ」
　メシ、という言葉に反応してフォロス老人がとろけそうな笑みを浮かべる。
「左様でございますな、では早速行きましょうぞ！　うおおおおおおおおお！」
　って、なんでそこまで元気に走って行ける…と苦笑しながら後に続くエーセストだった。

　マルガレーテは『教導主任』という役職に就いている。広い玄関ホールの受付で用件を伝え、名前を言うと簡単に案内してくれた。普通ならこう簡単には中に入れてくれないはずである。やっぱり話は通っているのだろうか…？
　マルガレーテの部屋『教導主任室』は向かって右側の二階にある。鳥の翼で言うと左翼の真ん中辺り。ちょうどやや曲がっている辺りになるだろうか。
　ドアはいかめしいほどに重厚である。軽くノックしてみると…中から場違いなくらい甲高くて脳天気な声で返事がある。開けてみる。
「あ…あれ？　えー君？　どしたの？　何かご用？」

　…いきなりこれである。