とりあえず…ルドミラになんとか服を着せて（上からかぶせて、とも言う）、少し落ち着いたエーセスト。フォロス老人はまだ上を向いている。あ…白目むいて倒れた。意外とウブなもんである。仕方ないので長椅子へと運んでしまう。
「…これじゃ精霊使って探知、なんて無理ねー」
「申し訳ありません」
「るどちんのせいじゃないよ。気にしない、気にしない。個人の用法は人の数だけあるんだからってことを分かってないえー君のせいなんだから」
「…おいおい。いくら俺でも色んな用法があることくらい知ってるよ。だけどな…」
そこでエーセストの袖をつんつん、と引く者が。
「やっぱり燃えませんか？ こう、何もまとわないことで自由の極致と言うかさらに精霊様も見てると思うと…」
「燃えねえ。いいからあんたはさっさときちんと服着てそれから水でも飲んで落ち着いて来てくれ。でねえと何も進まねえんだよ」
フォロス老人は気を失ったままなのでまだ長椅子の上だ。その方が静かでいいかも知れない。手際よくその額に濡れタオルを置いていたりするのはマルガレーテ。ルドミラは別室で、ちょっと息と服装を整えてもらっている。
「あー…なんか頭痛え…」
向かいの長椅子に体重投げ出すように腰を下ろして顔を撫で回すエーセスト。もっとも、長椅子やらテーブルやらはさっき部屋の端っこに寄せてしまっているので今は普通に座るわけにもいかない。長椅子の端の肘掛の上に腰を下ろすような格好になる。当然ながら背もたれも何もない、ただ背中丸めて腰掛けているだけである。
「はい、お疲れお疲れ」
この高さならマルガレーテでも楽に手が届く。エーセストの頭に手をおいて…いいコ、いいコ、と撫でてやったりしている。
「痛いの痛いの、とんでけーって、ね？」
「よせよ。ケガしてるわけでもねえんだし」
「ふふ。でもその顔だと…えー君は他に何か考えてることがあるんだね？」
「…相変わらず変なところで鋭いのな」
「へへん。ほめられちった」
無駄にない胸を反らして見せたりする。
「なあ…ジャヌアの区画整理の話、知ってるか？」
「ジャヌアの？ なんで？」
「ちょっと気になったんだ。何回か泊まったことのある宿屋がそれで消えてな。そこの女将がな、『潰された』って言うんだな。それも気になったし…」
ふと見ると明らかにずざざざ……っと波が引くようにエーセストのそばから引いているマルガレーテ。
「？どうしたんだよ？ 一体？」
「えー君…ふけつです！ えっちです！ そういうのは、お姉さん許しませんですわよっ！」
…ちょっと、説明中…。
「…あ。そういうことなのね…安宿…あ、そっか…」
「勝手に勘違いしてんじゃねえよ」
どうもジャヌアに泊まった、ということでミョーな誤解をしていたようなのである。たしかにそういういかがわしい宿だってあるにはある。そういうところを紹介してくれ、とフロリスに頼んでたら喜んで紹介してくれてただろう（当たり前だがそういう宿の方が宿賃は高いし他にも色々かかるからピンハネ料が上がる）。…が、そんなとこに泊まるには金も時間も余裕もなさすぎるのである、エーセストには。
「話戻すぞ。いいか？ それから街道での噂がもう一つある。ドスネル地区の選任官が魔法を暴走させたってやつだ。どんな内容かは分からねえがな」
「いや、それってあり得ないんじゃ…」
「俺もそう思ったさ。でもな…全部の選任官の行動を完全に把握するなんてのは不可能だろ？ もし誰かが魔法を暴走させちまったとしても、それが広く知られてない場合だってあるんじゃねえのか？」
ふ、と思いつく。
「魔法の用法の違いってのはどうだ？ 誰も知らない用法を試そうとして、とかな」
「…うーん…過去にだって魔法の暴走事件が全然なかった、ってわけじゃないものね。そりゃ。用法だってそうだし。技研だって全部の選任官の状況を把握してるわけじゃないし。人材省の魔法管理局だってそこまでは無理でしょうしね」
技研が担当するのはあくまで『魔法の技能』であって、魔法選任官そのものを監督をしているのは人材省魔法管理局にある。本局は移転によってベンザウリにあるが、当然セルシアスにも分局が残っている。選任官が不法な行動をしたり、報告書でウソついたりしたら罰則を与えることのできる部署でもある。なお、選任官が犯罪を犯すと、通常の警備局での立件と魔法管理局での懲罰と二重に罪を科せられる。ほとんどの場合一般人より懲役や罰金が重くなるのだ。選任官という特殊技能者に対する一種の重しと思ってもらって構わないだろう。
「でもねー…えー君、選任官が魔法暴走させたらさー…技研にだってそれっくらいの噂入ってくるもんよ？ みんなそういう話好きだし」
いわゆるゴシップみたいなもんだろう。そういう話がさっさと広がるのはどこの業界でも変わらない。
「だからジャヌアなんだよ。その選任官がジャヌアの出身だったらどうするよ？ そして区画整理で自分の家が消えた、とかそんなのだったら？ 暴走させても止めようとはしねえか？」
「むうう…」
「ジャヌアなら姿隠すのにうってつけだ。暴走させてもちょっとした噂程度にとどめておくことだってできるだろうさ。…何しろ他の区の連中は寄り付きもしない場所だからな」
