「だーからー…先に送ったってば」
「届いてねえって。大体手続きも何もせずにそのまんま送るってのはどういう料簡だよ。こういうのって公費扱いになるんじゃねえのか？」
「公費になります。技研は魔法に関わる機関ですが、セルシアス管内では技術開発庁預かりになっていますから経費は全て公費です」
整然、と答えるルドミラ。もう完全に落ち着いてしまっていて取り乱している様子もない。フォロス老人も、やや顔色が良くないが、普通に立ち直ったようだ。長椅子もテーブルもさっきみんな（もちろんマルガレーテは除外）で元に戻したから、ここへ来る前と変わらない状態に戻っている。
「だったらなおさらじゃねえか。なんでそんないい加減なことすんだよ。こっちだって食べていかなきゃなんねえんだ」
「それは分かってるよお、だから先に送ってあげたんじゃん。えー君のいじわる」
「いじわるってなんだ…届いてねえんだよ」
と、なんだか子供じみたケンカに発展しそうな状態ではある。マルガレーテは例の立派な机についているが、残りの三人は机の周りを囲むように立っている。…机の上は…まあ、大体想像はつくだろうが混沌の極みである。本や書類や魔法に使うのだろうがよく分からない器具や部品の数々。さらにはカラフルなアメ玉やかじりかけのチョコレート、そして耳の取れたウサギのぬいぐるみ（むしろ外見はくたびれきったクマのようでもある）やこれもよく分からんカードゲームらしきカードとか…。
こんな状態で教導主任としての執務がとれるのかどうか。まあ、こういう状態になっても『これは適度に整理された状態だ』とか言って何事もなく仕事したりする人間がいるのも現実ではあるが。
そんな中に丸っこくふくれ上がった皮袋がいくつか。目ざとく見つけたのはフォロス老人。
「…？」
「どうか、しましたか？」
ルドミラも気づいたようだ。
「ここに何かあるようなのですが」
ずるずると本のすき間から引き出してみる。結構重い。近くに小さい皮袋もある。
「……？」
その二つの皮袋にはそれぞれ小さい紙切れが貼ってある。メモ程度なのだが、あっちへこっちへ部品が飛んでるこの文字には二人とも見覚えがある。
「ベンザウリ エーセストバウア事務所宛」
「失礼ですがザウス様」
「どったのあれくさんださん？ こっちも少々取り込んでるからできたら後がいいなあっと」
どす、と机の一画にくさびのごとく肘を撃ち込んでそこへ明らかに不機嫌そうな顔を乗せる。
「そうだそうだ。ちっと後にしとけアッテンボロー」
こちらも両手を机の端にどかっと置く。
「大体こいつがいい加減なことするからいけねえんだ」
不毛なにらみ合いでもある。止めようったってどうしようもないだろう、これでは。ルドミラはどうしようかな、てな苦笑いを浮かべてきてはいるが、フォロス老人の表情は変わらない。
「…そうではなく、ですな。バウア殿、ザウス様」
「あんだよ」
「なに？」
「こちらがベンザウリへ送る予定だった現金ではないのかと思うのですが」
半分引きつった笑顔で小さな皮袋の方をぶら下げて見せるルドミラ。じゃらりと鳴るのは中にそれなりの金額が入っているからである。これが金貨がざっくざくとかだったら嬉しい限りなのだが…銅貨だって似たような音を立てるはずなので期待はできない。
「ったくよお…やっぱり送ってなかったじゃねえか」
一応中を確かめてみる。…きちんと報酬分入っているのを確認。
「ううう…るどちん、なんで送ってくんなかったのよお…」
「いえ、あの」
やっぱり引きつった笑みのままである。
「私は何もお預かりしておりませんが…この現金のことも」
「ほれ見ろ…ったく。現金の袋はまだまだあるじゃねえか。どんだけいい加減なんだよ…」
フォロス老人とルドミラが宝のごとく掘り起こしたのは四つの皮袋である。二つ（一つはベンザウリに送る予定・もう一つが成功報酬）にはエーセストの名前がついていた。そしてもう一つにはルドミラの名前。
「一応正式にるどちんを選任官として依頼ってことだからね。こういうことはきちっとしとかないと」
だったら管理ももっときちっとしとけ、と皆が思ったことは言うまでもない。
そして残り一つ。これには「セルシアス カーナ・ボーナ」という紙切れがついている。
「三人に依頼するつもりだったのか？」
「そ。祝祭のお手伝いってことでね。…えー君、悪いんだけどさ…るどちんと一緒にかーなん迎えに行ってくんないかな…？ こんだけごたごたしちゃうとさ、あたしもやらないといけないことが詰まってきちゃうし」
半分くらいはあんたのせいなのだが。
「そりゃ、まあ…別にいいけどよ。ちゃんと話通ってるんだろうな？ 大丈夫なんだろうな？ 行ってみたら『あんたら誰？ 何しに来たの？』なんてのはナシだぜ？」
