「それなら私が手紙を出しましたし。問題ないはずです」
「…じゃあ大丈夫だな。どこに住んでんだ？ そのカーナってのは？」
「パトマスです。技研にも近いのでそれほど時間はかからないかと」
「そっか…じゃあ、行ってみるか…」
名前からすると、男だか女だかちょっと分からない様子ではある。
…まあ、これ以上変な奴は出て来ないだろう。
そう思う、いや思い込みたいエーセストではある。セルシアスに着いてからどうにも会う連中が怪しくていけない。実際は年相応なのに年齢不詳に幼いマルガレーテとか露出狂の精霊崇拝者のルドミラとか。…ついでに言っておくと場の空気を壊すことにかけては右に出る者もいなさそうなフォロス老人、というのもベンザウリから一緒に来ているのだ。
…まあ、まともな奴だろうよ、今度ばかりは。
そう思いながら、いや願いながらフォロス老人とルドミラと共に技研を後にするのであった。
ルドミラの案内で着いたのはパトマスの中では比較的住宅の集まっている地域である。技研移転前ならこの辺も普通に農地だったのかも知れない。技研が来てからこの辺りも変わって人の数も多くなったのだが、それも数百年前の話である。今は魔法関係だけではなく様々な用事からここに移り住む者も多いと聞く。魔法というのは技能の一種であり、産業でもある。それ単体では決して発展はできない。…例えば魔法を使う際に使う各種の道具、なんてのは自作してもいいのだが腕の立つ職人にこしらえてもらった方が効率も良くなる。訓練校で使ったりする場合はもちろん、技研でも使うこともある道具を作るための職人もこっちに引っ越してきたりしている。
別にパトマスに限ったことではないのだが。セルシアスは巨大な複合都市みたいなものだからそういった製作所もあちこちにある。そのうちで特に魔法関係に特化した製作所というのはやはりここ、パトマスに多く集まることになる。
カーナが住んでいるのはそういった製作所などが多く集まる場所でもあるんだそうだ。同時に住宅地もたくさん集まっている。…つまりは家庭内手工業と言うか小さな製作所と言うか。家と仕事場が一緒になってる場合が多い。
だから住宅地、と言うよりは工場密集地、みたいな様相を呈することになる。パトマスに来る時に通り過ぎたオレイアやカルテッサとはまた違った印象を受ける住宅地である。
「この先を曲がります」
三人の中で住所を知っているのはルドミラだけである。自然、彼女の案内についていくことになるエーセストとフォロス老人。
「ここです」
結構細かい道を何度か曲がった先でルドミラが立ち止まる。…外見は普通の家である。この辺の家は場合によっては煙突が数本も立っていて煙もくもく、とかとんてんかんてんノミ槌の音が鳴り止まない、とかそういう家が普通にあったりするのでよそから来た人間にとってはどれが普通か分かりにくいだろう。そう言う意味では普通の家である。ドアもあって窓もあって、平屋だが中央区とかオレイアやカルテッサにあっても違和感なさそうな家である。
ノッカーに手をやって、澄んだ音を数回響かせるルドミラ。…しかし返事はない。今度はフォロス老人がやってみることになった。当然力加減を知らないからごんごん鳴らすことになる。しかし…出てくる気配がない。
「留守でしょうか…？」
「かもな」
ふむ、と考え込む。が、どうにも別の気配を敏感に感じていたのはフォロス老人である。
「匂う…匂いますぞ、バウア殿。これは大変に、うむ…」
「…あんだよ」
「庭ですな。それ、ごめん！」
と言い捨てるなり門を開けて庭へと侵入してしまう。
そう言や何か食う、とか言っておいて何も食ってなかったけか。
技研のあるパトマス区へ入ったら何か安いもんでも…とか言っておいてこれまで何も食わせてなかったのはエーセストである。あれだけ大めし喰らいのフォロス老人がよくここまでもった、というものではある。
走り込んで行ってしまったフォロス老人を追っているエーセストとルドミラの鼻にも、その匂いはどんどん強くなってくる。…思わず、ぐう、と腹も鳴ってくる。肉の焼ける美味そうな匂いなのだ。それに、エーセストだって何も食べていない。
「何かお料理でもしているみたいですね」
ルドミラも同じようなことを考えているらしい。
「しかし…」
そこの角を曲がればこの良い匂いのもとに着くだろう。煙も上がっているし…何よりフォロス老人の豪快な笑い声まで聞こえてきているのだ。すでにご相伴に預かっているのだろう。
「なんか特別なことでもあったのかね。こうやって庭で肉焼くなんてそうそうあるもんじゃねえだろうに」
果たしてそこで美味そうに骨付き肉…あばら骨のついた焼肉である、しかも手もひげも汚れるだろうに恍惚の表情を浮かべてかぶりついているのはフォロス老人。そして…
「やあ。またお客さんだね。うん、珍しい…のかな？」
緩やかに燃える炭を炭箱に収め、その上に金網…という野外料理の基本スタイル。それほど広くはない庭で庭木なども数本しかないし芝生も手入れが行き届いているとは決して言えない。その真ん中にそういった設備が設置してあるのだ。いささか異様にも見える光景。そんな金網の前で器用に肉を裏返しているのはまだ幼い少年なのだった。背の高さなどエーセストの腰ほどもないのではないだろうか…マルガレーテといい勝負ではある。
