「マルガレーテから話は聞いてるよ。ルドミラ、君からの手紙もちゃんと届いてるからね」
「はい」
「…会ったことあったのかよ」
そっと小声で聞いてみる。一つ、うなずくルドミラ。
「ええ。…ザウス様とは昔からのお知り合いですし。何より大変に有名な方ですから」
「有名？」
「カーナ・ボーラ様。本当のお名前はカーナボン・エリクシル様。ご存知ないですか？」
ご存じないも何も。エリクシルと言えばセルシアスでも有名だが、エーセストのバウアの家とも大きな関わりのある名なのである。
もともとは魔法の『ま』の字も知らなかったエーセストの父、シーカー・バウアが（マイアの強引なやり方によって）魔法の世界に飛び込んで…何回目かの仕事を一緒にした相手がエリクシルの人間だとエーセストも聞いている。以来、父はそのエリクシルの人間とウマが合ったのか大きな仕事も相当数一緒にこなすようになったらしい。シーカーが有名になるきっかけを作った一人と言ってもいいだろう。
しかしエーセストはその相方と会った記憶がない。一つには父・シーカーがほとんど家に帰ってこなかったせいもある。さらに帰ってきてもほとんど寝てるだけだったから誰か知り合いなぞ連れて来たこともなかった、というせいもある。
「あまり人を有名人扱いして欲しくないなあ」
子供っぽい、にこやかな顔で肉の乗った皿を差し出してくる。
「恥ずかしくなるじゃないか、ルドミラ」
「あ…申し訳ありません」
「君がエーセスト？」
「えっと…はい」
しかし。見た目は見た目なのだが不思議な存在感を感じてしまう。子供であって子供ではないような。うかつに口をきけないような雰囲気。
「ずいぶんと大きくなったねえ…前会った時はまだまだ子供だったのに」
え…？
「…どっかで…会いましたっけ？」
「あれ？ 覚えてないかな。何回か会ってるんだけど…ほら、君のお兄さんのドルクがマルガレーテに会いに来た時」
マルガレーテが教導主任になった時、お祝いにドルクとエーセストがセルシアスに来たことがある、のだが。
「あの時は会わなかったっけ…あ、そっか、あの時は会ってないね。でも君がまだセルシアスの中央区に住んでた頃にはよく会ってたはずなんだけど。あの頃に初めて祝祭に行ったんじゃなかったっけ？ マイアの知り合いに借りた家のさ、ほら…二階に住んでたよね。下はタバコ屋で」
「……」
「たしかシーカーはあの祝祭の前くらいにアイシャとレンブルグとマーシャ、それにドルクと一緒に一旦ベンザウリへ移っていたんだっけ。覚えているよ、あの二階でサラとセラ、そして君がマイアと暮らしていたんだっけ。ああ、ミネルバも一緒だったっけね。…あの時の祝祭の後だよね？ 君たちもベンザウリに移って行ったのって」
「シーカーはベンザウリでタバコ屋やりながら選任官やってたんだけど、家が手狭になっちゃって一時期セルシアスに拠点を移してたんだよね？ でもそれからベンザウリに大きな家を見つけて…まずはシーカーと年長組が戻って行った。そしてオーギュストを身ごもっていたマイアはサラとセラとそして君とセルシアスに残ってた。そうだよね？」
「…なんで…知ってる…んですか…？」
「アイシャは残念だったね。病気だったんだね…あれは」
「そんなことまで？」
バウアの家の内部事情である。他の人が知るはずもない。エーセスト自身だってよく覚えていないことなのだ。
「そりゃあ、ね。だって僕はシーカーと一緒によく仕事してたからさ。ほんと、二人で色々無茶もやったけどね…」
ふう、とため息を一つ。
「最後の最後に無茶やったね、シーカー…」
どう見ても子供である。…いや、子供なのは見れば分かる。問題はなぜ何年も前に行方不明になったエーセストの父のことを知っているか、ということである。
ややざんばらに刈った髪、服装はそこらの子供とそう変わっているようにも見えない。一人でいるのが不自然に見えるくらいである。そこら辺から両親とおぼしき人物が顔を出してきて「まあ、うちの息子がご迷惑を…」とか何とか言ってきてもおかしくはない外見。ただし…目だけが違う、とエーセストは正直に思う。子供の目ではないのだ。色んなことを知りすぎている大人の目…いや、むしろこれは経験豊富でくたびれた老人の目である。
「エリクシルの家にもザウスの家と同じように特殊な魔法がいくつか伝わっているのさ。その一つが『現状維持』とか『形状固定』とか言ったらいいのかな？ 外見だけをそのまま固定することができるんだ。中身は成長していくけど見た目はずっと変わらない。でも一回固定しちゃったら術者が死なない限り解くことはできない。だからよほどのことがないと使わない魔法なんだけどね…」
そこで何がおかしいのか、くすくすと笑みをこぼす。
「僕の場合はね、子供の頃にちょっと試してみようと思ったのさ。だからこの姿のまま固定されちゃった、ってわけ。マルガレーテとはまた違っているんだ」
