「失礼ですが」
がぶっといった肉を、ごっくんと飲み込んでからフォロス老人。
「今は一体おいくつなので…？」
「そうだな…少なくとも君よりは年上だね、アレクサンダ・フォロス。君のお父さんになるのかな？ 雷光の剣士ロデリク・フォロスとは知り合いだったんだけどね」
「おい…」
「ロデリク・フォロスとはそれがしの祖父にございます。…祖父は俊敏な動きで知られておりました故、雷光の剣士と」
「あ。ごめんごめん。彼、君のおじいさんだったんだ…」
「まあ、それはともかくとしてさ。マルガレーテから何か依頼があったんじゃないの？ ルドミラ？」
言われてあわてて例の皮袋を差し出す。あまり興味なさそうな顔だが、それでも中を開けてきちんと中身を確認している。…そう言えばエーセストはあれをまだ技研に預けた荷物と一緒に置いてある。当座の費用くらい抜き出しておけば良かったか…と思っても後の祭りである。
「ふーん…そっか、祝祭か…」
「希望願望達成祈願の仕切りを、ここにおられるバウア様と私とでお願いしたい、とのことです」
「あ、あれか…昔やったっけなあ…そうだ、手紙は届いた？ エーセスト？」
「手紙…」
「うん。十年くらい前のなんだけど…あの時の願い事をね、早速成就させようと思うんだ。協力してくれるよね？ マルガレーテの依頼はそれからでもいいかな？」
「え…っと」
そんな昔の願い事もやっぱりかなえないといけないのか。正直にそう思う。
…いや待て、手紙？ 手紙って…。
「あ。なんだ、届いてたんじゃないか、やっぱり」
エーセストが取り出したあの手紙…『すぐに中央都市に来るべし。そこで君は変わるだろう。』と書かれたアレ…を見て、にんまりと笑う。そして懐から大事そうに取り出してきたのは…封筒。中には変色して字もかすんでしまった一枚の紙切れが入っている。そしてそこには…
『私に本当のお父さんをください アイシャ・バウア 中央区在住』
「じゃあ今からやるからね。君がアイシャのお父さんになるんだ。いやあ…セルシアスの中でしか願い事関係の魔法は使えないからね。誰かこっちへ来てもらう必要があったんだ」
「…ちょ、ちょっと待て。一体何やるつもりなんだ…？」
意味深な笑みを浮かべて近づいてくるカーナ。
「大したことじゃないよ。結果としては君や君の知り合いの記憶を書き替えることになるのかな？ エリクシルの家には『現状維持』ともう一つ『内容変更』って魔法が伝わっててね。これは外見を固定するんじゃなくて内面を変更させる。もちろん対象の内面だけじゃなくて関わった人の記憶も全部、ね。たくさんの人間の中身を書き換える、なんてのは結構難しいけど僕ならそれができるんだ」
「…それって、元に戻るのか…」
「あはは…残念。元に戻らない。僕が死ぬまでね。でも大丈夫だよ。これまで君がエーセストとして生きてきた記憶の上にシーカーの記憶を上書きすることになるから、君自身も覚えちゃいない。周りの人間も不思議に思うこともないさ」
「実はね、君がこのくらいの年齢になるのを待ってたんだ…マイアがアイシャを生んだ時のシーカーの年齢と同じくらいになるのをね。そこからならやり直しもきくってもんだろ？」
「へ…？」
「レンブルグの時は彼は訓練校出てから忙しくなってたし…ドルクはずっと軍の宿舎だもんね。呼び出すチャンスなんかなかったしね。本当はマルガレーテのお祝いの時にやろうかな、と思ってたんだけど。マルガレーテに止められちゃってね。それに…」
「それに…？」
「レンブルグよりもドルクよりも。君が一番シーカーに似てるよ。シーカーは元々が天涯孤独だったからね。彼の代わりを作るとなると彼の息子たちを狙うしかないんだよねえ…中でも君なら一番適任だ。頑張っていいお父さんになるんだよ。娘のアイシャはもういないけど」
「いや、ちょっと待て、そりゃあ…何かヘンだ！」
「ヘンじゃないさ。アイシャはこの願い事を書いた時は十五歳だった。たまに家に帰ってくるシーカーがどうも気に食わなかったみたいでね。このお父さんはあたしのお父さんじゃない、とかそんなもんかねえ…まあ、いびきがうるさいとか寝起きが悪いとか。それに寝てばっかだもんね、たまに家に帰っても。年齢的なものもあったんじゃないのかな？ 難しいもんねえ…あの年頃ってのはさ」
…なんかその辺は理解できるぞ。
「でも一度願い事として受理されちゃったんだ。辞退の意思も結局出なかったし。もう願い主がこの世にいないとしても、ちゃんとかなえてあげないとね…？」
