祝祭の日 section3 page12

　…なんだかおかしいぞ、こいつ。
　ここへ来てエーセストは悟ってしまっていた。ジャヌアの区画整理も誰かの魔法の暴走もこの手紙とは何の関係もない。ただの噂話が重なってしまっただけなのだろう。しかし…目の前で手品師よろしく手をにぎにぎしながら準備運動している子供は間違いなく何かとんでもないことをやろうとしている…。
「ま、待て。ちょっと待ってくれ」
「猶予が欲しいのかい？」
　…死刑執行されるんじゃねえんだぞ。
　でも似たようなものである。自分が誰かに変わる、なんて…それもあの変人の親父である。あんなのはまっぴらだ。
「あの、エリクシル様」
　おずおずと声を上げたのは誰あろう、フォロス老人である。こんな情けない声はこれまでエーセストも聞いたことがない。が…ここまで来たら何かこいつを止めるようなこと言ってくれるに違いない…。
　…その前に肉、置けよ。一体いくつ手に持ってんだ。
　あばら肉や鶏のモモ肉など。骨付きのやつばかり片手に三本ほど。なお、地面には食い散らかした骨が何本も何本も転がっている。しかも肉汁やらソースやらで芝生もまっ茶に染まっている。後片付けが大変だろう。
　…いや、そんなことはどうでもいい。
「このままではバウア殿はバウア殿ではなくなるのでございますか？」
「そうだね」
「それは…ベンザウリにはご母堂もお待ちですし」
「その辺は大丈夫だよ。ベンザウリに戻った時には効果が切れるんだ。そういうものだからね、調整しておくよ。ただし、セルシアス管内に入ったらその時からエーセストはシーカーになる。マイアの記憶はもちろん、レンブルグやマーシャの記憶も書き換わるんだ。アレクサンダ、君もそうだ。ベンザウリに残ってる人間は『エーセスト・バウア事務所』って看板をおかしく思うかも知れないね。…大丈夫、役所関係にはうまく話を通しておくから。エリクシルの家だって結構力あるんだからね」
「左様でございますか。それなら安心でございますなあ、あっはっはっは」
　…あに笑ってやがるんだ…。

「あの…エリクシル様」
　…そうだ、もう一人いたんだ。って、なんでこいつも口の周りべったべたに汚して肉食いまくってんだ…片手に肉五本ずつだと？　しかもこいつの足元の骨の数は…。
「できればザウス様にも報告しておきたいのですが…むぐむぐ」
「それも僕がやっておくよ。大丈夫」
「もぐごっくん。ではバウア様は引き続き依頼を受ける、ということで…むしゃむしゃ」
「もちろん。これが終われば僕もシーカーになったエーセストも依頼を受けるさ。その辺は問題ないよ」
「ごくり。それを聞いて安心いたしました。しかしこのお肉、柔らかくて美味しいですね…がつがつ」
　…食ってるだけかよ…。

「じゃあ、そろそろいいかな？　エーセスト？」
　…何か方法があるはずだ。考えろ、考えろ…。
「そんなに固くならないで欲しいなあ…これは真剣な遊びなんだよ？　祝祭は企画する側も参加する側も等しく楽しまなければならない。今、僕らは企画する側にいるわけだけど、やっぱり楽しまないといけないんだ。それが祝祭ってものさ」
　…こんなの楽しいわけねえだろ…。
「願い事は必ずかなえないといけない。それが祝祭での真剣な『遊び』のルールなのさ。どんなことをしてでも願い事はかなえるべきなんだ。そうでないとこれは祝祭ではなくっちゃうね」

　その時。エーセストの頭に一つ考えが浮かんだ。…これしかない。
「一つ、頼みがあるんだが」
「なんだい？」
「その『内容変更』の魔法だが…使うのを伸ばしてもらえねえか？　そんなに長くなくてもいいんだが…」
　必死なエーセスト。ちょっと首を傾げて見ていたカーナだったのだが。
「いいよ。ここまで待ったんだからもう少しくらい待ってもいいね。どれくらい？」
　本音では七日、と言いたい。が、そんなことしたら気取られるか…。
「み、三日」
「いや。七日待ってあげるよ」
　…へ？
「言ったろ？　これは真剣な遊びなんだ。君のやろうとしているのは願い事を願い事で打ち消そうってことだろ？　願い事は毎日一つずつ、七日の最終日まで七回かなえることを約束してくれる。だから君はその間にアイシャの願い事を無効にして欲しい…という願い事を引き当ててもらわないといけないってことになるね」
「あ、ああ…」
「真剣に遊んでもらえそうで嬉しいよ。…ルドミラ、願い事の成就依頼の件、間違いなく引き受けたよ。マルガレーテにもそう伝えて欲しいな」
　そして、うーん…と大きく背伸び。
「実はかなり体力使うんだ『内容変更』って。だから先にマルガレーテの依頼をこなしておいて体力温存してからの方が本当は僕にとっても都合がいいのさ。…じゃあ、エーセスト、頑張って遊んでおいで。ルドミラも手伝ってあげたらいい。何、どうしても手が欲しくなったら呼ぶからさ…」