「担当者不在ってやつか。他になんにも手がねえのか？」
「ないんです、何も。あああ…そうだ、ここは一発精霊様にお願いして全てを吹き飛ばして何もかもなかったことに…」
服に手をかけようとするのをなんとか押しとどめる。こんなところで脱がれたらまたやっかいごとが増えてしまう。
「おいおい…。そういう妄想は後回しにしろって」
ふう、とため息。
「…ったく、めんどくせえなあ…」
「でもでも。ここをどうにかしないと私がザウス様が精霊様が」
この場に精霊様は関係ない。明らかに混乱しているのである。
「まず服は脱ぐなよ。面倒がさらに広がるからな。…圧縮空気の打ち上げが使えないってんならロープと滑車でも使えばいいだろ。窓に出っ張りとかあればそんなに苦労はねえだろうに」
その一言にルドミラがぱちっと目を見開く。何か思いついたようなのである。
「はい。そこを通すのです。…そうです、そこの間を。はい、はい…じゃあ、皆さんお願いします。このロープを引っ張って三階にまでこれを持ち上げるのです…せーのっ！」
立ち直ったルドミラの指揮のもと、力のありそうな連中がロープを引いて三階の会議室にまで網に詰めた布袋を上げるのである。滑車は二つにロープは二本に増やしてある。これだけあれば切れて落ちたりはしないだろう。しかしおよそ『魔法』技研には似つかわしくない光景ではある。
ロープはともかくとして滑車や網、なんてのは一体どこから来たのだろう…と思うかも知れない。たしかにおよそ魔法には似つかわしくない代物ばかりなのだが。
魔法選任官と言ってもその得意とする職種は様々である。中には土建関係で活躍している連中も結構いる。…技研でもそういう職種の研究は行なわれているのである。だから、それ関連の資器材も鳥のような形をした本館からやや外れた『別館』…つまりは物置なのだが、そこへ行けば結構な数転がっていると言う。そもそもあの箱だってこの布袋だってあそこから掘り出された物なのだ。
中には出所不明なシロモノや学術的芸術的にも大変に価値のあるお宝も眠っている、という噂まである。あくまで噂だろう、ということになっているが。
何せ『鳥の巣』とも呼ばれて平屋のくせに面積だけは広い建物なのだ。そういった噂をいちいち認めていったら資料探しに行くたんびに毎年誰かが行方不明になってる…とかそんな明らかな眉唾物まで本気にしないといけなくなる。
とりえあえず布袋は確実に三階に向けて運ばれることになった。明日には圧縮空気を使える民間の選任官のあてができたそうで…この作業は今日限りとなるだろう。
今度はその布袋を開けて中身を取り出していく作業が始まることになる。中身は会議室の中央に集められた何台ものテーブルの上に山盛りに積まれることになる。その中から抽選が行われるのである。なお、当たり前のことだが書かれてある願い事の中身を作業中にのぞき見ることは許されていない。自分の願い事を偶然にも手にしてしまってもそれを当たりやすい位置に置く…とか魔法で目立つような目印をつける…なんてのも当然禁止である。
抽選に魔法学者が立ち会う、というのは実はこういった不正を防ぐ目的もあるのだ。魔法を使う、という行為には必ず何らかの痕跡が残る。そういった痕跡の研究というのも魔法学者の間では進んでいる。もし、そういった不正が発覚すれば不正を行なった人物まで特定できて、相応の罰を与えることもできるんだそうである。
…そうである、と言うのは過去にそういう不正が見つかった、という記録がないからである。つまりはズルをした者はいない…ということになっているが、果たしてそれが真実かどうかは分からない。記録に残っていないだけ、ということもあり得るし。内々で処理したとかそういう件だってありそうである。
祝祭の願い事がかなうのは一生に一度だけ、というのも魔法学者が精査するんだそうだ。これまで当たった者リストというのが存在していていちいちチェックしていく…というものなんだろうか。それだったら偽名やニセ住所でごまかされてしまうだろう。恐らくは探知系の特殊な魔法でも使っているのではないか、というのが定説ではある。が…これも詳細は分かっていない。謎のベールが多いのもまた祝祭ではある。
中央区の王宮から来る魔法学者や選任官は、ここへ来る時から去る時まで一切人目に触れないようになっている。馬車が到着すると全職員は一旦自室に待機することになっている。そして彼らが技研から去るまで部屋を出ることは一切が禁止されてしまうのだ。そのため細かい作業内容が公になっていないのである。…まあ、所詮はお祭りの一イベントである。そこまで詮索するのもヤボというものだろう。
「これで後はおえらいさんが来るまで待ち、ってことか…」
そろそろ日も傾こうか、という刻限になってきた。ここまで来るとさすがに運び込まれてくる箱の量も減ってくる。あれだけひっきりなしに来ていた馬車の数も数えるほどになってきている。一段落というところだろうか…あれだけ騒がしかった玄関ホールも静かになってきている。本来の技研の玄関に戻りつつあるわけだが、明日になればまたあの騒々しさも戻ってくるのだろう。
「あ。エーセストさん。先ほどはありがとうございました」
玄関ホールのわきから、ひょい、と姿を現したのはルドミラだ。他の職員たち…女性から男性から何人かいる。雰囲気からすると選任官ではなさそうだ。多分友達とか知り合いとかなんじゃないだろうか。
彼らに軽く手を振ってから駆けよってくる。
「いや、大したことじゃねえよ」
「いえいえ。とっても助かりました。そうそう、ザウス様とフォロス様がお戻りになりましたよ。カーナ様とラメシス様もご一緒です」
「そっか。じゃあ…そろそろ作業に戻るかな」
「…願い事ですか？」
「ああ。明日の分を書かないとかないとな」
「でも、その…祝祭のお手伝い、ということで場合によってはこれから願い事の成就もやらないといけないのですが」
「あ…それがあったか。今日の分で俺のが当たりゃいいんだがな…そうでないと誰かの願い事をかなえないといけないんだよな…」
ぼりぼりと頭をかく。そんな様子をにこっと見守るルドミラ。
「でも少しは時間があります。私もお手伝いしましょう。…もう王宮からの魔法学者様と選任官様も到着されているんです。あの方たちがおられる間は外へ出てはいけないことになっていますしね」
