途中で合流したルドミラと一緒に教導主任室へ。いかめしいドアを開けてみると…執務机にはマルガレーテ。服装は元に戻っているがこれは当たり前のことである。問題はそこにいる人物である。一人はカーナボン・エリクシル。そしてもう一人は技研副総長ペテル・ラメシス氏。なお、総長であるマギス・グランデ氏は会議や視察のため中央区へ長期出張中なので現時点ではこのペテル氏が技研の最高責任者となる。
そしてもう一人。見たことのない男性がいる。背の高い老齢の男性である。しかしエーセストには会った記憶がない。かなり地位の高そうな人だ、ということは服装や物腰でなんとなく分かるのだが。
「んん。えーく…いや、えっと、エーセスト・バウアさん。こちらはミヒャエル・ザンバ氏です。…ザンバ様、あれがエーセスト・バウアでございます」
マルガレーテの口調や態度からしても偉い人なんだろう、ということは分かる。しかしそういう様子にもかかわらず結構人懐っこい目でエーセストを見る。
「君がエーセスト君か…大きくなったものだね。君の父シーカー・バウアとはちょっとした知り合いだったのだよ。会えて嬉しいよ」
「は、はあ…こちらこそ光栄です」
大きな手でしっかりと握手。ちらっとカーナを見てみると…なぜか半分ほどの笑顔、むしろ笑い出したくなってるのを無理におしとどめているような、そんな表情をしている。
…何だってんだ…一体。
「えー…じゃなくてエーセスト・バウアさん。このミヒャエル・ザンバ様は王室付き第一魔法選任官であり…高名な魔法学者でもあります。今回の抽選に立ち会った方でもあります」
…いいのかよ、そんな人と俺が会っても。
ルドミラも同じような思いらしい。ごくっと息を呑む音がすぐ後ろから聞こえたりする。
「そして私は八年前の祝祭の『希望願望達成祈願』の技研での責任者でもあったのだ。今のマルガレーテと同じ立場だったのだよ」
「…八年前…」
何かあったっけか。
「分かりやすく言うとね、エーセスト。君がドルクと一緒にセルシアスに来たのが八年前なんだ。…そして君は願い事を箱に放り込んだ」
カーナが言葉を選びながら静かに語る。しかし目はやっぱりなんだか笑っているのである。外見だけならいたずらしようとしている子供にも見える。が、そういうのとはやはり違うような気もしてしまう。子供ならこんなに深い表情は作れないだろう。
「その願い事はその時は外れてしまったんだ。…その願い事、覚えているかい？」
「いや覚えてな…じゃなくて、覚えてません…」
「それはこんな内容だったんだ」
カーナに促されてミヒャエル氏が取り出して示したのは古く変色した一枚の紙。
『僕が僕のままでありますように エーセスト・バウア ベンザウリ在住』
明らかに自分の昔の筆跡である。しかし…一体何のどんな心境でこんな願い事書いたんだ？ 八年前の俺は…？
訓練校入校くらいの頃だから色々思うこともあったのではないかと思われるのだが。なんだか青臭い内容ではある。しかも今日書いてたけど没にした内容とほとんど同じではある。
…あの頃からあんまり進歩してねえのか…俺。
喜ばしいことなのか、それとも悲しむべきことなのか。
「願い事の繰り上げ当選のことは知っているかね？」
「え、あの…はい」
軽く咳払いしてからミヒャエル氏がおごそかな表情になる。
「この時に当選した人物がつい先ほど辞退を表明したのだよ。だから現時点では君のこの願い事が当選となる。そして…君からさらに辞退の意向が示されない限り有効となる。しかしこれを受ければ君が今日も書いて、明日も書き続けるだろう願い事は受理されなくなるのだが…どうするかね？ 受けるかね？」
ちょっとぼおっとしてしまうエーセスト。事情がよく飲み込めていないのだろう。
すぐ後ろに立っていたルドミラとフォロス老人が顔を見合わせて…二人そろって笑顔で後ろから、どん、と突いて前へと押し出す。その勢いに乗るように
「は、はい。受けます。お願いします」
となんだかよく分からないうちに受理を宣言してしまったのだった。
「くわしいことは言えないのだけどね。当時当選した願い事は『誰かを探して欲しい』とかそういう内容だったの。でも八年経っても見つからなかったから辞退したってことなの」
「それじゃあ、かなわなかった願いはない、って伝説は破られたってことか…」
しかし意味ありげに首を振るマルガレーテ。
「うふふ。そうじゃないんだなあ…探し続けていればそのうち見つかるもんでしょ？ こっちは見つかるまで続ける覚悟なんだけど、それを辞退したってことは願い事の破棄ってことになるわね。だからかなわかった願いはない、ってことに違いはないわよ」
ものは言い様というやつである。数百年も続いてるだけあってしぶといものである。
「こういう長期の願い事ってのは多いものなのか？」
「まあ…ね。真剣に遊ぼうと思ったら覚悟しないといけないことばかりなの。…分かるよね？」
「そうそう。君の姉上の願い事も君の願い事で打ち消されたからノーカウントってことだね」
アイシャの願い事を丁寧に畳んで、封筒へ入れてしまうカーナ。もちろんその封筒は技研のマーク入りである。
「これはマイアに渡してもらえないかな？ 一番欲しがるのは彼女だろうしね」
この後は技研の依頼をこなす、という仕事も残っているのだが…とりあえずほっとしたエーセストではあった。
