TheRootSeller005『アフターケア』
一人の男が自殺した。
証言その1 サミュエル・クレメンス（通称疾風のサム）の場合
いや、そりゃあよ…俺だってまさか死んじまうとは思わなかったさ。…言っとくが俺が殺したんじゃねえぞ。証人だっているんだからな。勘違いすんなよ。
誰だってよ、いるじゃねえか。
虫が好かねえってのか…反りが合わねえってのか。
あいつ見てるとイライラしてくんだよな。『どうぞ、いじめてください』って言いふらしているようなのがさ。
あんたにもいるだろう？ そんな奴。
…いねえ？ へえ…珍しいお方だね、旦那は。
ねえ、色々しゃべったんだから…あのことはもういいでしょう？
証言その２ ロナルド・ミューラーの場合
うん。確かにうちへ来ても黙ったままだったね。
いつも決まっておずおずと『すみません。お酒を一つ』だけでね。女を呼ぶでもない、カードをやるでもない。誰かと飲むのを見たのは一度くらいだね。
他にもそんなふうに一人が好きな客もいることはいるがね…本当に一杯だけなんだ。それもあたりをはばかるように飲むんだね。
ほら、あそこのカウンターの一番端。ちょうど植木があって店の中からは見えにくい場所だ。
指定席だったね。
…他の奴と問題はなかったかって？
うーん、まあ、なんだ。あいつの両親がね…あんたの方が詳しいんじゃないのか？ そういうことは。
証言その３ フェリシア（本名不明）の場合
はあ？あいつ死んだの？ バッカみたい。
…まあ、そりゃそうだよ、うん、一度は客だったわけだからね、ちっとはさ…気になるけど。
とことん暗かったね。ホント。
男ならそういう時ってさ、ちっとはそういう顔しない？ あんたもそうでしょ？ …って答えられないか、今は。
やるこたやったけどね…人形がのそっとはいってきて男の形した皮袋とやったみたい。
あいつもあれで満足だったんじゃない？ よく分かんないけど。
…あ、ねえ、仕事終わってからでいいからおいでよ。安くしとくから。
途中経過その１
「こんなものか…」
集まった証言だけではどうしようもない。それは彼にも分かっていた。
彼はこの町の警備隊の一員、アーサー・クイント。この町の警備隊に配属されてもう十年経つ。
基本的に何もない港町だ。外国からの商船も入っては来るが、この町から出て行く商品はない。
小さないざこざは絶えない。が、殺人や自殺など血なまぐさい事件はほとんど聞かない。
彼が知っている殺人事件は一つだけ。
一昨日自殺したペテロ・ロランデの両親が雇い主を刺殺した。その事件だけだ。
当時ペテロは十五歳。捕まった両親は絞首刑になった。息子のペテロは親戚が後見人になって成人したはずだった。
アーサーはその事件をよく覚えている。自分が配属されてすぐに起きた事件だったから。
「あんまり気分のいいものじゃなかったがね」
「そうなんだ。警備隊ってもっと死体とか見慣れてるかと思ってた」
「配属直後でいきなり、だ。三日は飯が喉を通らなかった」
ぎいっと古ぼけた椅子を回す。
「で？ あんたはこのペテロを知ってた、と？」
「うん、まあ・・・知ってた、というかなんというか」
「あいまいな関係だな」
「んでも会ったのはこないだ来た時だから…二年前？」
「ま、話を聞かせてもらいたい。自殺の動機がはっきりしないんでね」
証言その４ ドリス・アンフェルンの場合
ええとね、あの人に会ったのは…あたしがコトシンナの木の依頼を受けてきた時でね。
…ほら、ロナルドって人がやってる酒場があるじゃない。あそこの植木。
トシンナの木って、見上げるくらい大きくて本当は植木になんかできないんだけどね。好きな人が多いんで、小さくて観賞用にしたのがあるの。だからコトシンナの木、って呼ばれてるの。
まあ、それほど難しい依頼でもないんでささっと済ませたんだけど…。
酒場で軽く一杯ひっかけてたら…あの人が来たの。
『きれいな葉っぱですね』って言うから…。
「…ちょっと待ってくれ。あいつが…話しかけてきた？ 他人に？ しかも女性に？」
「あたしに聞かれても。この町の人間じゃないし」
「そうだった。悪かった。続けてくれ」
…どこまで話したっけ。
そうそう、話し掛けてきたから、『そう？ありがとう』って。自分の商品誉められたらイヤな気分しないわ。
んで…どうしたっけ…。
んーと…。
そう、一緒に一杯やったっけ。うん。
…なんで驚いてんの？
「信じられん。あのペテロが誰かと一緒に呑むなんて…」
「この町の人間なら信じられない、って？」
「…続けてくれ」
話してみると結構いい男じゃないかしら。
人の話、聞こうとするし。もっと都に近いほうなんか行くと大変だわ。せかせかしちゃってるからまず、自分の用件を叩きつけるのね。けっこう鬱陶しいもんよ、あれ。
ま、あたしはこういう商売だからそう思ったのかも知れないけど。
ん、で…と。
どれくらい呑んだかな。あたしはまだ他の仕事もあったんで…そのまま酒場出てったっけ。『おごる』って言ってたけど…初対面でおごってもらうのも何だから割り勘にしたわ。
それだけ。
『またこの町に来ますか？』
って聞いてきたから
『コトシンナの木は二年くらいしたら葉が換わるから…二年したら確認に来るわ』
「それでこの町にまた来たわけか…」
「うん。酒場で一仕事終えたらいきなりだものね。驚いたわ」
ドリス、と名乗る背の高い女性は固い長椅子を軽く叩く。
他には事務を担当しているおばさんがいるだけ。他の隊員は出払っている。静かな警備隊の本部だ。
「うーん…」
「参考になった？」
「なったような、ならないような…」
