TheRootSeller008「異業種交流」　[3]

「分かったわ。あたしは知らないから…薬協行ってみましょうか」
　それを聞くとハウズは妙な表情になってしまった。困惑のような満足のような…。
「どしたの？」
　あまりドリスは気にしていない。さっさと歩き出している。
「なんでもない」
　ふと思いついてハウズを道の端に連れていく。そしてあちこちを見回す。
「ところで…あんた、薬協の場所知らない？　前に来たことはあるんだけどね…」

　結論から言えば誰もフレシュニの生えている場所を知らなかった。なんとか苦労して見つけた薬協でも…
「そんなもの今どき誰も知らない」
「必要ないよ、そんなもん」
「もうなくなっちまったね」
　たむろしていた他のルートセラーからはこんな答えしか返ってこなかった。ビルマコッチャは大きな町だから薬協も大きかったのだが。ヒマなルートセラーがこれだけいる町も珍しい。
　一つだけこんな答えが返ってきた。
「どこだったっけな…どっか、イルトンランドのどこかで自生してるって聞いたことがあるぜ」
「どこらへん？」
「うーん…思い出せねえなあ…ううむ…」
　その男も腕を組んでずっと思い出そうとしていたのだが、結局分からなかった。

「やっぱダメみたいね」
「…俺、イルトンランドへ行く」
　薬協からの帰り道。ハウズのすぐ後を歩くドリス。
　他の薬草問屋でも似たような答えしか返ってこなかった。もうすでに太陽は傾いてきている。それでも人の動きや荷馬車の走る姿がなくならないのはビルマコッチャらしい。
「行ってフレシュニを見つけるんだ。何年かかっても、やる」
「それはいいけど…もう少し待ってみたら？」
　ハウズはドリスを見上げた。
「何の手がかりもないままイルトンランド行ったって無駄になるだけよ？　結構広いんだから」
「……」
「じっくり取り組んだらいいじゃない。焦ることないんだし」
「…ルートセラー」
「何よ」
「俺…フレシュニで染物なんて…できるんだろうか…」

　何を言い出すかな、とドリスはため息をつく。
「あのね…」
「ハウズ！」
　曲がり角から中年の男がどすどすと足音を立てて走って来た。ハウズはびくっと首をすくめる。
「何やってんだ！　忙しいんだ！　早く来て手伝え！」
　じろりとドリスをにらみつけると、青く染まっているその太い腕でハウズの襟首つかんで引きずって行ってしまった…。

「ほうほう…」
「どうなんだかな、ってなとこよね…いきなり弱気になるし。あの年代の子供ってあんなもんかしら？」
　ここはマルガレーテの店。本当は今日中にビルマコッチャを発つ予定だったのだが、日が暮れてしまったのでここに泊まることになった。こういう客はよくいるので老婆も嫌な顔一つしない。
　今はドリスと老婆…それからファイーナしかいない。ファイーナは乾燥脂を嬉しそうに振り回している。
　二人は老婆の仕込んだぶどう酒で一杯やっているところだ。
「そんなもんだろうて…」
「本気でイルトンランドまで行くつもりかしらね」
「さあねえ…ハウズ坊がどこでフレシュニを聞きつけたのかも分からんしねえ…そのうち他の物に興味が移るかも知れんし」
　上品な手つきでグラスを空ける。
「…でも本当にフレシュニってないのね。ちょっとびっくりしちゃった」
「昔はたくさんあってねえ。ここで種も扱ってたくらいさ。栽培したいって人もいたしね」
「へー」
　ごくり、と芳醇なぶどう酒を飲む。下手な酒屋のものよりなめらかに喉を通っていく。
「変わっていくのが世の常だからねえ…さ、もう一本行こうかね？」
　しばらく静かな酒宴が続いた。

「んあー…」
　翌朝。すでに太陽は高くのぼっている。
　老婆はどこかへ仕入れに行ったらしい。枕元の紙切れにそう書いてあったので…ドリスは銀貨一枚と花を添えて出ることにした。何か花を添えて去るのは、暗黙のルールになっているようだ。
「ダンデルがいいんだけど…」
　雑草扱いされる根の長い草だ。幾重にも咲く黄色の花が可愛い。ドリスの好きな植物の一つだが、薬草としての効能もある。
「お、あったあった」
　あの井戸のそばにある平べったい石のそばに二、三輪ひそやかに咲いている。
　そう言えばこの石は染めの練習台なんだそうだ。この上でハウズは染物に必要なたくさんの工程を練習をしているらしい。だから彼が『俺の場所だ』と言っていたとか。
「あれ…？」
　ダンデルのそばに見かけない草が生えている。小さくて尖った緑の葉。そしてこれも小さな白いつぼみ…。
　軽く手で触れて一人うなずくドリス。
「なんだ…あるんじゃない。前に誰かが種でもこぼしたのかな…？」
　店に戻って…ダンデル一輪と銀貨一枚を紙切れに添えて目立つところに置く。

　背負子をかついでのぼりを立てる。
「ファイーナ！　行くよ！」
　どこからか、かあ、という声が聞こえた。

　…すぐ目の前にあるんだから、とっとと気づいてよね。ったく…
　自然と笑みがこぼれてきた。

　今日もいい天気だ。