TheRootSeller011『営業妨害』
「その花を取ってはだめです！」
「…はあ？」
「花だって必死に生きているんです…それを摘むなんて…あなたは鬼ですか！」
「いや…まあ、その、ね…」
「分かりました！ あなたがそこまで花を取る、というのなら私の首をもいで行きなさい！ 花のように可憐な生き物の芽を摘めるあなたなら簡単でしょう！ さあ！ 遠慮なんかいりません！ 私の頭をもいで売りなさい！ さあ！」
そのままぐい、と首を突き出してくる。はたから見たらにわとりの真似でもしているのか、と笑われそうだが…当人の表情は至って真面目そのもの。ドリスよりは年下らしい、まだ若い女性だ。
…時々いるのよねえ…こういう人。
「…いや…別にあんたの首、もいでも売れそうもないんだけど…」
「そうですか。やっと分かって頂けましたか」
何をどう納得させたのか分からない。
だだっ広い草原のどまん中で得意そうに胸を張る、相手の女性。…思い込みが激しいのか何なのか。
「…はっ！ あなたはルートセラーですね！」
今頃気づいたのか、ドリスが背負子と一緒に置いてあったのぼりを指して目を大きく開いている。しかも、その指先がかすかに震えている。
「どうなんですか？ あなたはルートセラーなんでしょうっ！」
「…ええ」
「とうとう巡り会いましたわ！ ルートセラーこそ諸悪の根源、世界を破滅へと導く悪魔の手先！」
「……」
…なんだか面倒くさくなってきた。
ドリスはさっさと背負子を背負うと、のぼりをつかんで走り始めた。はるか頭上を飛んでいたファイーナがあわててドリスの後を追う。
「あ…逃げるんですかっ！ やはり何かやましいことをしているんでしょうっ！ 待ちなさい、こら…あー…」
まだ何か甲高い声でわめいている女性を残して、なだらかな丘を飛ぶように下ってしまう。…はるか後ろで盛大に転んだような物音が聞こえたが…気にしないでおこう。
…ここまで来れば大丈夫よね…。
サウザムランドの中ほどに位置するエランペトという村。村にしては街道に近いので、最近になって栄えてきた村だ。もう町と呼んでもいいかも知れない。さっきまでいた草原に浮かぶように造られた村でもある。
人通りはそれなりにある。こういう新しくできたところはドリスにとって『いい場所』になる。露店を開いても文句を言われないことも多いし、客の食いつきも早い。これが数百年も続いているような古い町だと…「伝統」やら「格式」やらで店を開くのも一苦労だ。
…頼まれ物は…まあ…まだいいか。今日中でいいって言ってたし。軽く稼いでおこうかな…。
「どこかいい場所、ないかな…」
すでにいくつか露店が店を出している。それがいくつも連なって…まるで露店街のような場所に出てしまった。
「ここならいいかな？」
こういう場所は大抵『顔役』という、場所を取り仕切っている人間がいる。挨拶して場所代を払えば、まあ、問題ない。
エランペトの顔役は快く場所を貸してくれた。場所代は銀貨三枚。聞けばドリスのように諸国を回る行商人は何人も来るらしい。こうやって発展して行ったのだろうか。
「さて…と」
むしろを敷いてのぼりを立てて…商品を並べて…。
さわやかな風が頬を撫でていく。
…気候もいいわね。結構売れるかな…うふふ。
とか思っていたら…のぼりにとまっていたファイーナが、があ、と鳴いた。
「いらっしゃ…」
目の前にはあの女性が立っていた。
全身細かな草が貼りついている。あれから何度か転んだのだろうか。しかも肩を怒らせて息も荒い。走ってきた…ようだ。
「ぜー…ぜー…うぐ。よ、よう、ようや…げほげほっ」
「……」
大きく息を吸い込んで落ち着かせて…。
「よ…ようやく…見つけましたわよ…このハウファから逃げようったって…がはっ！ ごほっ！」
「……」
「か、観念なさい…ル、ルートセラー…」
草のつん、ときつい香りが鼻をつく、すさまじい格好。しかもぜいぜい言いながら目もうつろ。…ちょっとやばいかも知れない。
わざとやっているようには見えないが、迷惑以外何物でもない。こんなのがいたら商売なんかできそうもない。道行く人たちも遠巻きにして眺めているだけだし…ドリスは正直、ため息でもつきたい気分だ。
「あのね…」
「…とにかくっ！ ルートセラー！ 覚悟なさいっ！」
ようやく息切れもおさまってきたようだ。肩にまとわりついている草の切れ端を払う余裕まで出てきた。が…頭までは気が回らないらしい。てっぺんはまだまだ緑色が残ったままではある。
「覚悟って言われても」
「言い逃れは無用ですっ！ 世間様が許しても、このっ！」
懐を探って…それから全身をぱたぱたと叩いて…さらにはおっていた上着を脱いで逆さにして…。
何かを探しているらしい。それは分かる。
やがてさっき逆さにした上着の袖から何かを抜き取って、自分の腕に巻いた。腕章である。
「薬草保安促進共同組合、ハウファ・アンダスンが許しませんことよっ！」
やけに誇らしげな表情で…いや、恍惚に浸っているのかも知れない。
呆然とドリスはその顔と腕章を見比べていた。二段組みで大きな文字が書いてある。
…薬草保安促進共同組合…薬草販売促進協同組合とは違うわよねえ…。
「さあ、観念なさいっ！」
「ちょっと待って。その前に…薬草保安促進共同組合って何よ？」
「ふ。薬共も知らないなんて…無知の極みね。ルートセラー」
「あたしにはドリスって名前があるんだけど」
「ドリス…いかにも悪役っぽい名前だわ。ふふん、いいわ、教えてあげる。薬草保安促進共同組合ってのはね、全世界にひっそりと咲く可憐な花…そして人々の饗応に供せられる数々の薬草…そういうものを悪の手から守るために作られた組織なのよっ！」
自分の言葉に酔っているのか、その場でくるっと半回転。
「皆様！ 人間の勝手な欲望にもてあそばれる可哀相な有用植物を、冷酷無比なルートセラーの手から守ろうではありませんか！ それこそが人間という叡智を有する動物の使命なのですから！ さあ！ 皆様！ 皆様の勇気あるほんのちょっとした行動で全世界の哀れな生命が…」
「…姉ちゃん、姉ちゃん」
客もほとんど失せてしまって、ドリスの向かい側に店を開いていた行商人など逃げるように店をたたんでしまっていたが…野次馬は何人か残っていた。
「あのよ、そこのルートセラー、もういねえぜ」
