「ドリース！」
またか、と本気で顔を覆いたくなる。
裏道を選んでここまで来たのだが…のぼりまではしまえないので、それを目印にして追ってきたらしい。
「また逃げるんですかっ！」
「…逃げないけどさ…」
村はずれのとある小さな家の前。この辺りまで来るとさっきまでいた村の中心部と同じ村か、と疑いたくなるほど家も人も少ない。畑がずっと並んでいて…ぽつぽつと粗末な家があるくらいだ。最近発展してきたエランペトでも、最初はこんな小さな村だったのだろう。
そんなところに一人で住んでいるおばあさんと、何やら話をしていたドリスだった。
「……」
そのおばあさんは口と目を大きく開いたままだ。そりゃそうだろう。頭のてっぺんにまだ草のかけらが残ったまま、片足泥だらけのすごい顔した若い女性がいきなり怒鳴り込んできたのだから。…片足泥だらけ、とはここまで来る途中にドブ板を踏み抜いたらしい。だから、ちょっと臭い。
「ごめんね、おばあちゃん。今日中には無理っぽいんだけど…コレのせいで。明日じゃ…だめ？」
渋い顔で親指を後ろに指す。…見る見るおばあさんの顔が曇っていった。
「え…駄目なのかねえ…今日が、今日がじいさんの命日なんじゃ。頼む、頼むよ…」
「でもねえ…いや、採ってくるのは簡単なのよ。でも…」
今度はわずかに頭を揺らして、ちらっとハウファの顔を見る。ちょっと、びっくりしたようなハウファ。
「な…何なの…」
「コレが邪魔するから…」
「お願いですじゃ…毎年、毎年ノイマキナの花を…じいさんの命日に供えておるんじゃ。でも今年は…足を怪我してしもうてのう…」
ドリスの腕をがっしりとつかむ。風雪が十二分に刻み込まれた、しわだらけの顔に埋まっているような瞳。その目には涙がにじんでいる。
「もうあと何年、生きられるかわからん…一度も…欠かしたくないんじゃ…お金なら払う、いくらでも払うでのう…お願いじゃ…」
………
「…で、なんであんたまでついてくるの？」
「べ、別に…」
さっきの草原。しかも摘みかけていた花のところに戻ってきたドリス。ハウファも一緒だ。ファイーナはハウファが苦手なのかとっととどこかへ飛んで行ってしまった。…そう言えば露店に彼女が来た時もすぐにいなくなってしまっていたような…。
「邪魔しないでよ」
「しないわよ」
…どうだか。
ノイマキナは青い花を咲かせる植物だ。イマキナなら普通の花屋でも買うことができる…つまり栽培されているのだが、依頼は『ノイマキナ』つまり野生種のことだ。
それほど難しい場所に生えているわけではない。日当たりのいい草地ならちょっとした庭でも生えている。
ただし、おばあさんの話によると、死んだおじいさんがこの草原のノイマキナが好きだったとか。だからドリスはしばらく前からこの場所に目星をつけておいて、命日に間に合うようにしていた。この草原ではこの場所のものが一番質がいい、と思ってのことだったのだが…。
すでに十本くらいのノイマキナが深い青色の花をつけている。
「採るからね」
「……」
いざ採る時に邪魔するかな…と思ったがハウファは静かなものだ。
さて、としゃがみこんで手を伸ばそうとしたその時…。
だん、とハウファがドリスの手とノイマキナの花の間に足をついた。
「…あのね」
「私、後ろを向いてますから。どうぞご自由に。ここからしばらくの間、目をつぶってますから…一本だけですからねっ！」
おばあさんは大粒の涙をぽろぽろ流して感謝してくれた。報酬は…間に合わなかったかも知れなかったから、ということで銀貨一枚。それ以上ドリスは受け取らなかった。
「やるわね、ドリス。てっきり守銭奴かと思ってましたけど」
「あんまり変な噂流さないでよ」
「ふん」
その場で彼女とは別れた。去り際に「今度は容赦しませんからねっ！」と言われてげんなりしたのは事実だが。
「さて…と」
ドリスの手元にあるのは…少しねじくれた木の棒のようなノイマキナの根が一本。
ようやく戻ってきたファイーナがのぼりにとまる。羽づくろいをしながらのぞきこむ。
もちろんハウファには言わなかったが、この根はそれなりの値段で取り引きされる。咳止めなどの薬効があるからだ。いくらぐらいで取り引きされるか、と言うと…。
「これくらいだったら…銀貨二枚…はいけるかな？ 場所代くらい取り返さないとね」
「一本だけって約束は守ったから…いいでしょ？」
うふふ、と笑みをもらした。…ハウファが知ったら…どうなるのやら…？
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Materials: WindSeeds, 幻影素材工房, 信天庵
