TheRootSeller016『オークション』
石を敷き詰めた往来には多数の馬車が行き交う。車輪が石を叩く音はまた、他のどことも違う印象を受ける。そう、ここは無数の街道が入り交じり、人々が混じりあうシポルニアス王国の首都ノスクルバーグ。ビルマコッチャのような雑多な雰囲気はここにはない。過去から連なる歴史と洗練された雰囲気が多く集う町…いや大都市だ。
俺の名前はジェディディア・フォン・フォルティーン。ややこしいからジェドと呼んでくれ。職業はシポルニアス王国を中心に、陶磁器などの焼き物や美術品を主とした故売品を扱うバイヤーをやっている。こういう人や金がたくさんある都市でないと成り立たない職業でもある。
そんな俺のモットーは素人とは取り引きをしないこと。お互いが無駄な時間を使うことになるし、金ももったいない。ある程度でも知識があれば無駄は少なくなる。俺は無駄なことが嫌いだ。
実は…俺も昔はルートセラーだった。…まあ、ちょっとしたきっかけで転向したのだが。しかし今でもタブレットを持っているし、薬協に銀貨を月一枚収めている。昔からの習慣というわけではない。これがあるとないとでは大きな違いがある。ルートセラーでないと受けられない特典というのは、実は結構あるものだからだ。
その特典の一つがこの「ノスクルバーグオークション」だ。薬協の本部がどこにあるのかは俺も知らない。だが大陸でも最大級の支部を持つここノスクルバーグでは大規模なオークションが時折開かれる。他の都市でもオークションが行われる時はあるし、裕福な個人が開く場合もあるが、規模ではここにかなわない。借金のカタから出所不明の謎の品まで何でも出てくる。いや、何が出てくるか分からない。究極のガラクタ市だ。
そしてこのオークションはいつ開かれるか誰にも分からない。しかしそこは蛇の道はヘビ、というやつでどこの薬協支部にでもある掲示板に、誰かがそっとピンで留めてくれる。「ノスクルバーグオークション、いついつ」と。
ここがその会場、ノスクルバーグ薬協支部だ。さあ、入ってみよう。すぐに大きなホールになっている。薬協は宿屋や酒場を兼ねている町も多いが、ここは違う。高級ホテルを兼ねているのだ。…まあ、こういうところにすんなりと泊まれるような人間はバイヤーやルートセラーになったりはしないものだが。俺だって仕事でもないとなかなかこういう場所に来ることはない。
特設されている受付でタブレットを見せればそれで手続き完了だ。オークションに参加できる。自分の番号札を受け取って…おや、俺の隣に並んでいる大きな背負子を担いだこの女は…間違いない、あいつだ。ルートセラーのドリス・アンフェルン。イヤな女だ。
「…あれ。ジェドじゃないの。久しぶり〜、元気してた？」
「お前さんほどじゃないさ」
「ほっほ。相変わらずねえ、愛想のなさではあたしも人のこと言えないけどさ。今回のお目当てもツボ？」
前回はこいつにしてやられた。この女、こともあろうに金貨300枚は下らない出来の、沁みた紅も素晴らしかったジンザ焼の壷をひょうひょうと持って行きやがった。しかも俺に競り勝って。こういう場だから競り負けることはよくある。それは承知している。しかし…どうにも釈然としない。こいつにだけは負けたくない。
「さてね」
「はっはーん…別のやつか…」
「…何かいい出物の話でもあったのか」
「いや、特には…ね」
オークションと言ってもオークショニアが木槌を鳴らして、皆で値を付け合う『競り』になるのは一部の高額商品だけだ。他の物件は大体の分類に分けられてそれぞれ別室に陳列されてある。俺もそうだし、こいつもそうだろうが落とす商品のほとんどはそっちで手に入れる。競りの方は、まあ…箔付けのイベントみたいなものだ。
通常の物件にはそれぞれそばに箱が置いてある。備え付けの紙切れに自分の番号と値段を書き、箱に入れる。さらに高値をつけたいならその上にまた紙切れを置く。時間が来たら取引終了だ。…少し分かりにくいから、一度やってみせよう。
ホールを中心に客室とは別に十ほどの小部屋が集まっている。陳列室などといかめしい名前がついているが、普段は物置替わりになっているただの小部屋。まずはこの部屋から見てみよう。ドアには『鉱石２』の札がかかっている。普通のルートセラーならあまり興味のない装飾用の石の部屋だ。しかし俺にとっては専門分野。メシの種でもある。
「ほほー…」
「なんでお前さんまでここにいるんだ。ここは鉱石専門の部屋だぞ」
またこいつだ。背負子はかさばるからどこかに預けてきたのだろう。しかし背の高い女だ。
「いいじゃない、気にしない、気にしない。ごくまれにこういうのを調剤に使うことだってあるんだから」
…それはそうだが。調剤には予想もつかない素材を使う場合もあるのは事実だ。
ルートセラーか薬協の関係者しか入れない会場だから、普通なら珍種の植物のタネだとか運搬用の器具だとか。そういう種類が目を引くものだ。もちろん趣味で買う者もいるから、こういう部屋にも人は来る。それでも俺とこいつを含めても五人ほどしかいない。
「…いいね、これ。ニサク石ね」
「もう少し大きくないとな」
と言いつつちらっと目だけ走らせてみる。見た目は半分に断ち切られた大きな石。しかしその中の空洞に青紫色の水晶にも似た、トゲだらけの細かい石が入っているように見えるのが特徴だ。装飾品としては好みが分かれるところだがマニアは多い。ふむ…青紫の発色は申し分ない。このニサク岩はその発色具合や水晶部の見事さはもちろん、半分に裁断した職人の腕も評価される。
…これは腕のいい石工が裁断したのだろう、なかなかここまでの良品にはお目にかかれない。しかし…惜しいのは大きさだ。小脇に抱えられるほどの大きさだが、これが両腕で抱えるほどのものなら値は倍を越す。しかし、これが良品であることに違いはない。
商品の番号は024125。この番号がついた箱がすぐそばに置いてある。その中にあるのがこの商品を落とすための紙切れ。それを一枚、そっと手の中へと隠す。そこへ俺の番号である088をまず書く。無論こっそりと、だ。
「どしたの？ 何かいいものでもあった？」
「…いや」
次に金額を記入する。備えつけの箱はもう一つある。すでに空なのは確認済み…つまり誰も入札していないということだ。誰かが先に入札していれば中に紙切れがあるから、それに記入されてる金額よりも高い額を書かないと無効になってしまう。もちろん後で誰かが、自分のつけた値より高い額を出してもいい…と思ったらさらに高い金額を示してくる。その辺は駆け引きだ。
しかし空なら自分が思うような金額を書けばいい。俺は相場の半額ほどの値を書いて、そっと箱の中へ滑り込ませた。
「おお。ヒナイ岩だ…」
こいつが絡んでくると、また面倒なことになりそうだしな。…よし、気づいてないようだ。これで時間が来れば受付近くに掲示される「落札者一覧」に俺の名が載ることになっている。普通のルートセラーならニサク石など気にも留めないし、これを調剤に使うという話など聞いたこともないから、まあ、大丈夫だろう。
「どうだ、あっちの故買品の部屋にでも行ってみないか？ ここはもういいだろう」
「…ほほお？ 何か出物の情報でもあったの？」
「まあ、そんなとこだ」
部屋からこいつを連れ出すことに成功した。…ここは俺の勝ち、だな。
