TheRootSeller016「オークション」　[3]

　箱の中にはすでに紙が何枚か入っている。今の値は…金貨50枚か。様子見としては妥当だが…。
「よし。あたし、買う」
　言うなりやつが紙を放り込む。
「…金貨55枚か」
「あんたはどうするの？」
「くだらないことを聞くな」
　相場から言えば金貨100枚でも場違いなほど安い。誰が逃すか。
「65枚」
「じゃあ…70枚」
「75」
「76」
「78」
「…80」

「僕も混ぜてくれ…85」
「じゃあ私も。95」
　俺たちの競り合いに他の連中も同調し始めた。こうなってくるとやっかいだ。慣れてるやつなら引き際を心得ているから余分な金を注ぎ込んだりはしない。適当なところで降りて、他を探す。売り値よりも仕入れ値が高くなったら意味がない。
「…よおし！　150枚だあ！　どうだあ！」
　顔を真っ赤にして大柄な男が叫ぶ。周りからどよめきと拍手が起きる。ちょっとしたお祭り騒ぎだ。…もうダメだな。じきに200枚を超すだろう。そうなったら故買市場で同程度のやつを探した方が安いし早い。俺はもう降りる。
「じゃあ…あたしは200枚！　どう？」
　…おいおい。

「何考えてんだ。こいつの相場はそんなにしないぞ」
　肘をつかんで小声でささやく。
「え」
「だから…こんなところで無駄な金使ってもいいのか、と言ってるんだ。その場の勢いに流されても意味ないだろう？」
　すでに入札額は250を超えた。しかしやつは箱に紙を放り込む。…260。
「おい…」
「いや、あたし…別に相場なんか関係ないのよ」
「…個人的に気に入ったのか。あれが」
「そりゃあ、もう。気に入ったなんてもんじゃないわ。見た感じもイイし、何より形がね。なんだかずっと眺めてても飽きないような…なんだろ、とにかくイイのよ、あれ」
　290。
「それに…ぴったりなのよ。薬酒の醸造用に。ほら、ポルカ焼って元々醸造用じゃない？　だから調合所に置いてみたいなあ…って、ほうら、350！」
「じゃあ、何か。あれを使って本当に薬酒作るつもりか」
　ほとんどが観賞用に作られているのが今のポルカ焼だ。実際に醸造用として使っているところはほとんどないはずだ。
「そうよ。じゃないとそれこそ意味ないじゃない。なんのために焼いたのよ、職人さんは。飾りを作ってたわけじゃないでしょ？」
　360。
「あたしはマニアとか愛好家とかじゃなくて、ただのルートセラーだからね。ああいうイイものをきちっと使い切ってあげるしかできないの…むむ、410！」

「あー…ダメだった…」
　結局あの壷はあの大柄な男が落札した。こいつもそこまで手持ちがなかったらしい。ちなみに落札額は金貨980枚。…バカげているとしか言いようのない額だ。
「…まあ、いいか…仕方ないか。こないだここで買った壷もあるし」
「ジンザ焼のあれだな」
「そ。いい感じの水がめになってるわよ」
「水がめか…ジンザ焼が」
　ポルカ焼はまだ後継者がいる。しかしジンザ焼はほとんど後継者が残っていない。だから今のうちに投資目的で欲しがる客も多い。
「一度見にくる？　きちんと使ってるから、ほんとイイ感じになってきてるわよ」
「いや…遠慮しとこう。それよりも商談をしないか？」
「…商談って…何か売ってくれるの？　いいの？　あたしみたいな素人とは取り引きしないんじゃなかったの？」
　たしかに。それは俺のモットーだ。しかし…。
「場合によるさ、気にするな。…さっきと同程度のポルカ焼の壷なら探すことはできる。お前さんが買うなら探してきてやってもいい。手数料込みでも金貨300枚はかからん」
「ほっほー…いいね、それ」
「値引きは一切しないぞ。先に言っておくが」
「えー…ちょっとは引いて欲しいなあ…」
「だめだ。これは商売だからな」
「そりゃ、そうだけど…同業者なんだし」
「俺はお前さんと同じルートセラーというわけでもない」
「でもタブレット持ってんでしょ」
「あれはこういう場所へ来るためのお守りみたいなものだ」
「…じゃあ、何なのよ、あんた」
　夕闇が迫っているノスクルバーグ。辺りをじんわりと紅に染めながら暗くなってくる。あんな高級ホテルに泊まれるはずもないから、薬協前の大きな階段に腰掛けている。そこへこいつのお供のカラスがふわり、と舞い降りる。

「俺はただのバイヤーだ。お前さんがただのルートセラーなのと同じように、な」

　仕入れや販売なんかは俺の仕事だが、使うのはお前さんの仕事ってことだ。まあ、うまくやるんだな。