「ギルマン…ロバート・ギルマンですね」
彼はルートセラーではない。主に器材の納入を請け負っている業者である。ドリスは面識はないが、メリッサによると明るすぎる男とのこと。
「今までよりも納入が減るでしょうと。必要最低限のものしか必要なくなりますから、と」
「……」
人に頼む、とかそういうことが苦手なのかなあ…とドリスは思った。ずばっと言いすぎだ。
基本的に売る側と買う側では買う側の方が強い。相手を選べるからだ。しかし買う側が己の理屈だけ振り回していると、売る側と折り合いがつかなくなる。いくつもの業者がひしめきあう大都会ならまだしも、こういう土地ではお互いがお互いを認め合わないと、事が進まなくなる。買いたいものも買えなくなるし、誰も相手にしなくなっていく。ゲルンタージュでは今のところメリッサの他に定住ルートセラーはいないし、専門的な器材を買い付けできるコネを持っているのはロバート・ギルマンだけ、ということは聞いている。
馴れ合いではない。しかし、それなりに折り合いをつけていかないとどんな名医ですらやって行けなくなる。
「それはやはり…お金、ということですか？」
何度目かになるのだろうか。どこか投げやりなメリッサの言葉に、ヨナタンはかすかに視線を反らして、ふうー…っとため息をついて見せる。
「それもありますが、たしかに」
「でも、うちは責任を持ってこれまで薬草の納入をしてきたのです」
「それは、たしかに」
「それを切ってしまう、ということはどこから薬草を手に入れるおつもりですか？」
「ですから…僕が自分で採ってくればいいことでしょう？」
これか、とドリスは思った。
「ギルマンさんに断りを入れたのも同様な理由です。可能な限り自作できる器材は自作したいのですよ。しかしどうしても自作できない器材もある。そういうものはお願いするつもりでいるのです」
「薬草にも他でないと手に入らないものもありましてよ」
「それは自分でビルマコッチャにでも行って買い付けます」
がっくりと頭を落とすメリッサ。何度も同じ答えをもらっているのだろう。
ドリスもちょっと考え込んでしまったが…ふと、ヨナタンと目が合う。
…あれ。
世間知らずの若者がダダこねてる…という目ではない。きれいすぎる、と正直に思った。ただ純粋に「器材は自作」「薬草は自分で」と思っている。資材を安く仕入れるための駆け引きなのではないか、とか考えていた自分が逆に恥ずかしく思えてきてしまう。…自分勝手な思い込みは経験のない子供のたわごと以外何物でもない。しかし…この人は…少し、違うようだ。
「…あの」
「なんでしょう？」
「一度…メリッサについて行ってみたらどうでしょう？ 採集のことなんかも分かると思いますよ」
「…ドリス？」
「カムンヤは医術の専門学校ですから、薬草大綱を読んだりする程度でしょう。それだけじゃあないですよ。実際に採集に行ったことってあります？」
「実習で、二度ほど」
「ノスクルバーグ周辺ならラムタクネ山系のオハクあたりですか？」
「いえ、アハクのルンネル湖で」
シポルニアス王国の首都ノスクルバーグ周辺の土壌には多量の塩分が含まれている。オハクは古代は塩湖だった盆地の名前。高山の連なるラムタクネ山系に隣接している。もう少しノスクルバーグに近いアハクも同じような盆地だが、ルンネル湖という、人一人くらい楽に浮いてしまうほど塩分濃度の高い湖があることでも知られている。
それを聞いて、にこっと笑うドリス。
「あそこは塩分がキツいですから、よくても低木とか潅木しかないですね。普通にノスクルバーグで扱っている薬草とは違う種類ばかりだったでしょう？ ええと…ニマ草の葉とかサツロ芋なんかがありますね」
「いや…クミナイ笹…だったかな…」
「おお、それはすごい。今は数も少ないですし、防虫防腐として結構いい値で取引されますよ。…そうですね、葉っぱ一枚ちぎってきただけでも銀貨一枚はかたい！ 根っこがあればもっと値がいくし…うまく採って保存できてりゃ他でも植えて増やせるんで…うふふ、金貨が、えーと…」
「ちょ、ちょっと…ドリスってば」
金儲けモードに入ってるドリスの袖を必死に引くメリッサ。ヨナタンはなんのことだ、という風に目をぱちくり。
「…えへへ。お金になるんですよ、こうやって。薬草てのは」
「あたしたちはこうやって生活してます。薬草を売って、そして…知識を売って」
「…」
「ただの対価ですよ、対価。それ以上でもそれ以下でもない。だからいらないとなったらそれでもいいんです。そりゃ、仕方がない。だけど…経験もないあなたが採集に行っちゃったら…医者としてはどうなります？」
「あなたの医術も同じなんですよ。正当な対価としてお金をもらってる。不慣れな採集やるよりも十分な成績収めた医術で頑張ってくださいな。足りなくなったら頼ってください」
「頼る…」
「そうですよ。全部一人で抱え込んだ挙句に爆発しちまうよりはマシですよね」
すうっと立ち上がって、メリッサを指差す。そして満面の笑みを浮かべる。
「困ったらこのメリッサ、頼ってあげてくださいな。目つき悪いですけど腕は確かですよ」
